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原点回帰したプラダの決断

2006年11月15日(水)

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 日本では11月18日から公開されるハリウッド映画「プラダを着た悪魔(原題=The Devil Wears Prada)」。2003年に出版された米女性作家の自伝的小説が原作で、全米では既に今年6月に公開されてヒットした。

 ストーリーは有名ファッション誌のカリスマ女性編集長のアシスタントとして働くことになった若い女性の恋と成長の物語。華やかさの裏で魑魅魍魎がうごめくファッション業界を軽いタッチで描いている。もっとも、浮き沈みの激しいファッションの世界で翻弄されるのは、何もそこで働く人だけではない。小説、映画のタイトルとなったイタリアの高級ブランド、プラダのここ数年の動きもまたそれに似ている。

1990年代末から拡大路線に走ったが…

 プラダが拡大路線をひた走っていたのはそれほど昔のことではない。1999年にはオーストリアのデザイナー、ヘルムート・ラング氏から同ブランドを買収、立て続けに独「ジル・サンダー」、英紳士靴の「チャーチ」と買収を続け、さらには同年、イタリアの高級ブランド「フェンディ」を世界最大のブランド企業グループ、LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンと共同で買収した。

 

 しかしそれは長続きしなかった。そのわずか2年後の2001年に転機は訪れた。相次ぐ買収で借金がかさみ、財務内容が極度に悪化したのだ。それまで欧州のブランド企業は、米国発のIT(情報技術)革命による株高の恩恵を受けていた。大幅な利益増からどのブランドグループも他のブランド買収による拡大路線を突っ走っていた。

 プラダもその例外ではない。それまで事実上、主力ブランドの「プラダ」、姉妹ブランドの「ミュウミュウ」しか持たなかっただけに、その急先鋒だったと言ってもよい。だが、絶好調だった欧州の高級ブランドもITバブル崩壊の余波をまともに受けた。株式公開企業で幅広い服飾から食料品まで幅広い分野のブランドを持つLVMHと違い、ファミリーが株式の100%を保有するプラダは体力が追いつかなかった。

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「原点回帰したプラダの決断」の著者

田村 俊一

田村 俊一(たむら・しゅんいち)

日経ビジネス編集長

1989年日経BP社に入社。日経リゾートを経て1993年から日経ビジネス編集部。日経新聞経済部、日経ビジネス・ロンドン特派員、日経ビジネス副編集長、日経新聞産業部次長を経て2014年4月から現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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