子供の自殺に加えて、子による親殺し、親による子殺しのニュ−スが頻繁に聞こえてくるようになった。米国にいると、そこに一番大きな日本の社会の変化を感じる。日本では年に3万人の人が自殺するというが、それは10万人の人が自殺未遂をしているということらしい。とても悲しい現実である。
いじめに遭った子供たちが逃げ込める「避難港」を作ろうというような話も聞こえてくる。それを否定するものではないが、子供にとって「いつでも帰っていけるところ」とは、本来家庭なのではないだろうか。言い換えると、日本では家庭の崩壊が激しく、それがいわば制度的な要因によって起こっているように思われる。
日本ではまず「単身赴任」というのが当たり前のことになっている。言い換えれば「パパが家にはいない」家庭が多い。会社で転勤を拒否するということは出世を棒に振るに等しく、ほとんどのサラリーマンは単身赴任となる転勤を断らない。
転校で悩むことはない米国
日本で単身赴任が多いのは様々な要因があるが、大きいのは子供の教育問題があるだろう。例えば、転校するのが簡単ではない。日本の場合、東京の一流高校に入った子供が他県に行って、同程度レベルの高校に転校するということは容易ではない。その点、米国では日本に比べると、転校がしやすい環境にある。
高校は市立が基本で、授業料は不動産税の形(学校区税)で納めるため、誰でも地元の市立高校に入れる。通常、公立高校は1つの市には1校しかない。学校では、難しいクラス(オーナークラス)から、通常のクラスと、レベルごとに分かれていて、生徒は自分の能力に合ったクラスに入る。同じ学年の生徒でも、非常に高度な内容を勉強しているクラスもあれば、基礎固めに徹底しているクラスもある。
日本の場合は、学校単位によってレベルの差が生じるが、米国では学校の中のクラス単位でレベルの差をつけている。こうした状況を考えると、就学中の子供を連れて転勤することに、躊躇することはほとんどない。むしろ家族が分かれて暮らすことの方が異常である。
放課後の活動もパパ、ママが参加
日本の子供は幼い時から塾通いし、夕食を母親や兄弟と一緒にできないのも日常化しているようだ。これも米国では見ない景色だ。放課後の活動はパパやママがコーチを務める野球やサッカーをほぼ全員がやり、中学、高校となると先輩諸氏のコーチのもとでフットボール、バスケットや、そのほかのスポーツに勤しむ。文科系の部活動も盛んである。
大学に入るに当たっても、こうした集団活動をしてきたのかどうかは重要な審査項目だ。塾に行くのはせいぜいSATという全国統一大学入学試験を受ける前だけくらいであろう。これも受けない子が多い。
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