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“米国かぶれ”と見られるルーツ

  • 神谷 秀樹

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2006年12月12日(火)

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 本コラムはそもそも私がニューヨークで仕事をし、生活している中で学んだことを、日本の方にお伝えするということを目的としたものだ。しかしながら、お話しすること一つひとつが一部の読者の方には、神経を逆撫でする“アメリカかぶれ”のように聞こえるらしい。

 私は米国のやり方、生活スタイルがすべて正しいとなど思っていない。私は日本で基礎教育を受けたが、タイで幼少期を過ごし、ブラジルでも1年学生生活を送った。それぞれの国の文化に大きな影響を受け、多くのことを学んだ。米国(外国)の良いところは素直に学び、また悪いところも反面教師として学ぶことが、日本のさらなる発展につながると信じている。

 この海外の文化に学ぶ「学びの精神」は、私が家族から受け継いだDNAだと思っている。今回はかつて日本人が米国に学んだことのほんの一面を振り返るという意図も含め、私に外国の文化に学ぶ「学びの精神」を残してくれた家族のことを紹介したい。

永井荷風に通ずる家系

 私の母方の曽祖父、永井久一郎は江戸時代末期に尾張藩からの留学生として、現在私の家があるニュージャージー州のラットガーズ大学に学び、やがて日本に女子教育機関をもたらした。曾祖父は現お茶の水女子大学創設の事務に携わり、共立女子大学の学長を務めた。教育機関だけではない。ロンドン水道博覧会に赴いた時に知り合った英国人技師を日本に招いて、東京の下水道を作った。

 久一郎の長男、荷風はカラマズー大学で勉強し、やがてニューヨークにも横浜正金銀行(現在の三菱東京UFJ銀行)の嘱託として滞在したが、次いで彼が最も憧れたフランスのリヨンに渡った。荷風はご存じのように『あめりか物語』『ふらんす物語』などを出版し、日本に戻ると慶応義塾大学の教授となり三田文学を創刊した。日本の軍国主義化に最も抵抗した文学者の1人だった。

 私の祖父に当たるのが久一郎の三男、威三郎だ。威三郎はドイツのハイデルベルク大学と米コーネル大学で育種学(メンデルの法則)を学び、日本に帰って寒冷地に育つ新種の米を開発し、また日本大学の教授を務めた。

 曽祖父の甥である松三は、外交官としてニューヨークに駐在した。1940年4月から42年3月まで日本ハンドボール協会会長、第2次大戦後には国際オリンピック委員会委員を務めた。戦後日本を国際社会に復帰させることが彼の悲願で、オリンピックへの復帰という形でこれを達成した。

 祖父である威三郎の子供たちも米国、中国、アジア、中南米の国々で仕事したが、中でも私に深い影響を与えたのは伯父の健だ。健はニューヨークに大和銀行信託会社という銀行を創設し、米国の年金運用制度を学び日本に伝えた。

 伯父の健が米国に銀行を創ったことに刺激され、私は私の資金で投資銀行を創ろうと思い立ち、ロバーツ・ミタニを設立した。私の父である神谷克己は大蔵省(現財務省)の官僚で、父も海外で学んだ。父は宏池会のメンバーで、池田内閣の所得倍増計画策定に参加できたことを一番の役人冥利としているが、1960年代にはワシントンの未来資源研究所に滞在し、タールサンドなどの未来資源に関するリポートを執筆した。現在は東北福祉大学に名誉教授としてお世話になっている。

家族が世話になった海外の人々への感謝の気持ち

 ここに述べた私の家族は、米国または他の外国で教育を受け、知識を仕入れ、その知見を日本の発展のために捧げてきた。荷風を除き、世で目立った人はいないが、彼らの人生の目標は世に貢献することに尽き、名声を求めることなどはむしろはしたないことと考えられただろう。

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中谷 巌 「不識塾」塾長、一橋大学名誉教授