「ブックオフ社長橋本真由美の「最強の現場の創り方」」

(12)実は「グッチおばさん」って呼ばれてました

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2007年2月14日(水)

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 今度こそ本当に、辞めなければならないんだ。

 その日から私は、退職の前に心残りになっていることを片づけようと決めました。

ブックオフ社長 橋本真由美氏 (写真:鈴木 愛子)

ブックオフ社長 橋本真由美氏 (写真:鈴木 愛子)

 1996年といえば、中古ゲームソフトのブームが沸き起こっていた時期です。ブックオフでも本のみならず、ゲームソフトを扱い始めていました。

 この中古ゲームの存在が、私はとても気がかりだったのです。

 ゲームは本とは単価が違います。一本売れれば何千円、バーンと並べれば、売り上げが取れる。

 かたや本、特に私が口を酸っぱくして重視しろと言っていたのは文庫なのですが、文庫は1冊100円から高くても400〜500円です。100円の文庫棚というのは、店舗で一番面倒くさいものなのです。

一番面倒で、売れても100円

 ブックオフの文庫棚は、出版社ごとではなく作家名ごとに作品を並べてあります。出版社との関係の制約がある新刊書店にはできない、ブックオフだけの強みです。通常の文庫棚とは別に、100円の文庫本棚も同じように作っています。

 1冊売れても売り上げは100円です。空いた場所は同じ作家の本で埋めるか、隣の作家の本で埋めて1冊分、棚全体を横滑りさせるか。びしっときれいに本が並んだ棚を作るには、このこまめな補充が欠かせません。

 店長としては、つい、ゲームソフトを増やして文庫棚はおろそかにしたくなるのです。

 私だってぐらついた時期はありました。

 かつてブックオフ本社として、事業経験を積むために中古ゲーム店のフランチャイズに加盟して何店か運営していたころのころ。相模原駅前店の入っているビルの2階にも、その中古ゲーム店が入居していました。そこも女性が店長で、トイレでばったり会ったときには「今日の売り上げはどう?」なんて話をよくしていたのです。

 新品も扱っていたのですが、「ドラクエ」シリーズとか「桃太郎電鉄」といった人気ソフトの発売日には、前日から徹夜組が並び、開店と同時に店は大混雑です。「もう100万よ」。開店1、2時間で彼女は軽く言うのです。100万円という数字は、喉から手が出るほどの魅力をもつもの。ウチも本よりソフトに力を入れた方がいいのか、と真剣に考えました。

 けれどもそうしなかったのは、ソフトにはソフトの難しさがあるからです。

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著者プロフィール

長田美穂(ながた・みほ)

ジャーナリスト 1967年奈良県生まれ。東京外国語大学中国語学科卒業後、日本経済新聞記者を経て1999年よりフリーに。消費社会、性と社会問題をテーマに執筆。著書に『ヒット力』(日経BP社)『問題少女 生と死のボーターラインを揺れた』(PHP研究所)など。 



このコラムについて

ブックオフ社長橋本真由美の「最強の現場の創り方」

“ビジネスモデル”で考えると、ブックオフの仕組みは恐ろしいほど単純だ。にもかかわらず、ブックオフだけが勝ち残ってきた理由は、現場(店頭)にある。

 この連載では、ブックオフの強力な現場が作り出されるまでの経緯を、1号店の現場からたたき上げて社長に就任した橋本真由美氏が語り下ろす。同社の「育ての母」の生の声を存分にお聞きいただきたい。インタビューと構成は日経トレンディなどで活躍中のライター、長田美穂氏、写真は鈴木愛子氏が担当する。

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