• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

恐怖と孤独と悲しみがもたらす成長

2007年3月15日(木)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 5歳の頃、僕が間違って母親の大事な鶏を窒息死させたことがあります。

 「大変なことをしてしまった」

 それは大好きな母に対して申し訳ないという気持ちというよりは、とてつもない恐怖感に見舞われました。この状況から脱するために何とかしたい、とあれこれ考えても、幼い頭でうまい答えを見つけられるはずもなく、絶望感から「この世も終わり」と打ちひしがれていました。

 そんな僕の姿を見ていた兄は、しばらくすると、少し落ち着きを取り戻した僕を連れて死なせてしまった鶏を持って、近くの川まで出かけました。そこで兄はなんと鶏を解体し始めたのです。

 「え、なんていうことをするの!」

 僕は一瞬、面食らいました。その一方で、体の中はどんな様子になっているのかと、好奇心で見ていました。やはり見なければよかった、と思ったのは、兄の言葉を聞いてからでした。

 その鶏は雌鳥でおなかの中には、たくさんの小さな卵を抱えていました。兄はそれを指して、「生きていれば、これだけでなく、もっとたくさんの卵を産むはずだったのだよ」としゃべりました。それを聞いて、僕は突然、急に深い谷底に落とされたような感覚に襲われました。

初めての体験

 あの時、なぜだか分かりませんが、兄がすぐ側にいるのですが、兄には助けを求めたくないという気分でした。大人になってから、あの時の感覚は何だったのか考えてみた自分なりの結論は、「恐怖から味わう孤独感と悲しみを、初めて味わわされた瞬間だった」ということでした。

 川に連れて行ってくれた兄は長男で、40代の時にガンで亡くなりました。生きていれば62歳になります。僕とは年が10歳以上はなれていることもあってか、とてもかわいがってくれました。今は兄さんの分まで生きなくてはならない、と自分に言い聞かせていますが、あの時はなぜだか兄さんを避けたかったのです。

 大きな失敗をしでかしてしまった時に最初に感じるのは、恐怖ではないでしょうか。信じたくない現実が、猛獣のように突然に襲いかかってくるようなもので、そこでは怯えるしかありません。その後にやってくるのは、孤独です。泣いても叫んでも起きたことを誰も変えることはできず、自分以外にその責任を取ることはできないことを痛感するからです。その孤独感は悲しみ以外の何ものでもありません。

 僕には20年以上にわたって悩まされる悪夢があります。自分だけが大学受験に落第した夢です。大学受験は日本でも後の自分の人生を左右するような大きなイベントですが、僕が生活した時代の中国は、恐らく日本よりも大学受験は重みがありました。当時は、人生の選択肢があまりなく、例えば貧乏な田舎から脱出する唯一の方法は大学に受かることぐらいしかなかったからです。

 こんな状況でしたから、当時の僕にとっては、大学受験に失敗することは「人生の終わり」「この世の終わり」に近い衝撃なのです。そのような状況でしたから、北海道大学で博士号をいただいた時は、「これで試験に悩む人生から、サヨナラできる」と両手を上げて喜びました。しかし、その喜びも束の間でした。

忌避するのではなく、歓迎する

 学校の試験がなくなった代わりに、社会に出ると、いつ始まるかが分からない、いつ成績が発表されるかが分からない試験がたくさんあることに気づいたからです。それからは「恐怖」「孤独」「悲しみ」の3連鎖が、いつやってくるのか分からないこと自体が大きな恐怖になりました。

コメント45件コメント/レビュー

多くのコメンテータの方々から賛否両論あるようですが、私は宋さんの考え方に賛成します。そもそも”回復可能な失敗”って何でしょうか?ならばシミュレーションゲームやればいい話です。親としての責任と、子供の独立自治の範囲の天秤だと思いますが、私は事前想定出来る恐怖・孤独・悲しみなんて存在しないと考えます。あっても無意味でしょう。別コラムの想定できない人生・・に通じますが、最悪、生死にかかわる結果に連鎖しているのが人生ですから、その中で生きられるようフィールドを吟味して与えるのは、親の役目でしょう。なので賛成します。(2007/04/12)

「宋文洲の傍目八目」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

多くのコメンテータの方々から賛否両論あるようですが、私は宋さんの考え方に賛成します。そもそも”回復可能な失敗”って何でしょうか?ならばシミュレーションゲームやればいい話です。親としての責任と、子供の独立自治の範囲の天秤だと思いますが、私は事前想定出来る恐怖・孤独・悲しみなんて存在しないと考えます。あっても無意味でしょう。別コラムの想定できない人生・・に通じますが、最悪、生死にかかわる結果に連鎖しているのが人生ですから、その中で生きられるようフィールドを吟味して与えるのは、親の役目でしょう。なので賛成します。(2007/04/12)

恐怖と孤独と悲しみの三連鎖が、結果として人の成長を促す、あるいはその三連鎖をいたずらに忌避するのではなく、できる限り直面する努力を惜しまないということには納得できます。しかし、あえて人工的に子供にこの三連鎖の試練を与えるということには、賛成できません。コメントのなかでどなたかが述べられているように「子供時代、いかに回復可能な失敗をさせるかが大切」なのではないでしょうか。それが欠けているが為に、大人になっていきなりこの「三連鎖」に直面したときに変調を来たす人が増加しているとも考えられます。植物も新芽が出たときに叩きすぎると成長する前に枯れてしまうと思うのですが。「恐怖と孤独と悲しみの三連鎖」という言葉の意味の取り違えでなければ幸いです。(2007/03/20)

宋さんのように成功なさった方でも、未だにそのような感情を抱えていらっしゃるとは以外でした。 私も、ささやかではありますが、仕事場やサークル内で不祥事を起こしたことなどがあり、そうした感情を抱いたこともあります。振り返れば、早く謝罪すること、それを早く伝えた場合の方がうまくいっていたように思います。 宋さんでさえそうなら、私でも負の感情を持っていて不思議ではないなと、勇気付けられたような気がいたします。ありがとうございました。 大切なことは、負の感情を持っていても謙虚に受け止め、前進していくこと、ということになるのでしょうか。(2007/03/19)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

「タイム・トゥ・マーケット」で売らないともうからない。

栗山 年弘 アルプス電気社長