「ブックオフ社長橋本真由美の「最強の現場の創り方」」

(17)立ちすくむ現場を救う「語り部」

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2007年3月28日(水)

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 ブックオフの社内報は「語り部の記録」といいます。誰と誰が結婚しました、赤ちゃんが生まれました、といった情報は、一切載せていません。名前の通り、坂本(孝、現会長)や私といった創業時を知る人間、店長経験者から入社半年の新入社員までが、自分の体験を余さず語った体験談集です。

 「語り部の記録」の創刊は1998年11月号からです。

 ちょうどその頃、新入社員が変わってきたなと坂本や私は感じ始めていました。
 彼らは、ブックオフはすでに完成された企業と受け止めている。またマニュアルが完備されているので、店ではマニュアルに書かれていることをこなせばよい、と思っている節がありました。

 違うんだ、と叫びたくなりました。
 たしかにマニュアルは「覚えるべき教科書」です。が、私たちのマニュアルは、ゼロから自分たちが身体を動かして作り上げたという点において、他に類を見ないと自負しています。だから外に流出しても、怖くない。マニュアルを読んでも、マニュアルの行間にこめられた魂を感じ取れない限り、ブックオフの店舗運営の真似はできっこないからです。

マニュアルの「魂」を伝えるには

ブックオフ社長 橋本真由美氏 (写真:鈴木 愛子)

ブックオフ社長 橋本真由美氏 (写真:鈴木 愛子)

 でもそのマニュアルの「魂」が伝わっていなければ――。
 語り継ぐしかない。

 私たちの結論でした。体験者が、成功談も失敗談も洗いざらい語る。相手の実名を入れ、数字を入れ、具体的に。

 語る場は、たくさんあります。まず毎月1回の、全国の直営店店長が集まる店舗会議です。それから社員の研修、加盟店さんを集めた研修や合宿。公のものに加え、私的な食事会も語り合う場となります。エリアマネージャーや坂本、私が各地の店舗を回る時は、必ず店のスタッフさんを誘って食事をします。その席でも、語ります。店の全国行脚は折を見て1年中続けています。時には元旦から、坂本や私とスタッフさんが焼酎を飲みながら、語ります。

 「創業時はお店にゆとりが皆無だった。本を買い取りたくても集まらないから神田へ行ったが、神田の本は高くて買えなかった。我慢して手ぶらで店に帰ってきたんだ」

 坂本は、創業時の苦労や理念を語ります。私も同じです。毎月の店舗会議では魂を込めて、失敗談を語ります。

 店長だってそうです。記憶に残っている店長の体験談に、こんなものがありました。

 「新店を立ち上げる際、店長になったのだと気負いすぎたばかりにスタッフさんとのコミュニケーションがうまくいかなくて、ある時、皆から総スカンを食ってしまった。もう終わりだ。思わず店を飛び出してしまいました。ショックで、その日の夜、僕は線路際をさまよい歩きました。でもやはり、飛び込めない。しばらく歩いているうちに、ここで逃げてどうする、という気持ちが湧いてきました。次の日、店に出て、みんなの前で言いました。
 『僕一人では何もできません。みんな、助けてほしい』
スタッフさんは、笑顔で言ってくれました。
 『分かりました、一緒にやりましょう』
どん底の時、自分の殻を脱ぎ捨ててスタッフさんの前で心を開いたから、いまの僕があるのです」

壁の前で立ちすくむ店長を救う「体験」

 まさにいま、壁にぶつかっている新任の店長たちは、店舗会議でこの話を聞くと、何よりスタッフさんとの意思疎通が大切なのだと、身に染みます。「スタッフさんを大切に」と理念のように上から教え込もうとしても、頭での理解にとどまってしまう。「新店の立ち上げ方」とマニュアルはあっても、現実にはマニュアルでカバーできない事態が突発するものです。その時、マニュアルは無機質な紙でしかない。でも目の前で、かつては自分と同じ立場にあった生身の人間が語る体験には、魂がこもっています。

 今年入ってきた人たちが、坂本や私と同じように創業からの体験をできるわけではありません。でも会社がよちよち歩きだった頃、倒産寸前に至ったこと、そんな苦労の蓄積を聞いて「疑似体験」をするだけでも、人は変わると思うのです。

 ブックオフの人材育成法の肝はただ一つ。語り継ぐこと、疑似体験させることで、人を育てる。それがスタッフ、従業員の人間性を育むことにつながり、いい仕事ができるようになり、自信につながり、いいお給料を手にすることになる。

 「語り」の習慣は、会社の根幹そのものでした。

店頭公開への誘いがやってきた

 全従業員の物心両面の幸福の追求。
 ブックオフの経営理念はここにあると、これまでにも申し上げました。
 会社の上場は「物心両面」という意味では、文字通り幸福の果実を従業員にもたらしたと言えます。

 「店頭公開しませんか」というお誘いは、創業3〜4年目あたりから何度か証券会社さんからいただいていました。折しも中堅企業の株式公開がもてはやされた時期でした。バブルが崩壊し、名だたる大企業が倒産するという未曾有の事態が起こり始めていた。これから日本経済を変革させるのはベンチャーだ、日本経済は中小企業で持っているのだと、世の追い風が吹いていた時でした。

 最初のお誘いは、ちゃんこを食べながらでした。

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著者プロフィール

長田美穂(ながた・みほ)

ジャーナリスト 1967年奈良県生まれ。東京外国語大学中国語学科卒業後、日本経済新聞記者を経て1999年よりフリーに。消費社会、性と社会問題をテーマに執筆。著書に『ヒット力』(日経BP社)『問題少女 生と死のボーターラインを揺れた』(PHP研究所)など。 



このコラムについて

ブックオフ社長橋本真由美の「最強の現場の創り方」

“ビジネスモデル”で考えると、ブックオフの仕組みは恐ろしいほど単純だ。にもかかわらず、ブックオフだけが勝ち残ってきた理由は、現場(店頭)にある。

 この連載では、ブックオフの強力な現場が作り出されるまでの経緯を、1号店の現場からたたき上げて社長に就任した橋本真由美氏が語り下ろす。同社の「育ての母」の生の声を存分にお聞きいただきたい。インタビューと構成は日経トレンディなどで活躍中のライター、長田美穂氏、写真は鈴木愛子氏が担当する。

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