「ブックオフ社長橋本真由美の「最強の現場の創り方」」

(18)七転八倒で上場、待っていた罠

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2007年4月4日(水)

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第17回から読む

 1999年の経営計画発表会、約400人をお招きした会場で、坂本の「上場宣言」を受け、当時の主幹事証券会社の方がマイクを握って、言い放ちました。

 「みなさん、いいことを教えましょう。株式を公開するということは、役員や社長が一儲けすることですよ」

 彼の言葉に、会場は水を打ったように静まりかえりました。
 私たちの考えとは、違う――。
 咄嗟に、坂本を見ました。坂本の顔も、凍り付いていました。
 私たちは日頃から、社員やスタッフさんの幸せのために会社はある、現場に報いるために上場しよう、と言い続けてきました。
 なのに証券会社が、私たちの理念を真っ向から否定したのです。

 私は閉会の辞を任されていました。まもなく、番が回ってくる。会場の真ん中のテーブルにいる坂本に「違う、と言っていいですか」と聞きたくても、端にいる私の席からは遠くて動けません。

震えながら、マイクの前に

ブックオフ社長 橋本真由美氏 (写真:鈴木 愛子)

ブックオフ社長 橋本真由美氏 (写真:鈴木 愛子)

 主幹事会社の言うことを、私なんかが否定して、いいのだろうか。そのせいで、また上場が遠のいたらどうしよう。「退職」という言葉が、頭の中に浮かびました。

 でも、それとこれとは、話が別!
 「みんなが幸せになるための公開」という理念を否定されたのだから、会社を去ることになっても悔いはない、と。
 意を決し、震えながらマイクの前に立ちました。

 「公開とは、役員や社長が儲けることではない、と私は思います!」
 次の瞬間、大きな拍手が開場から沸き起こったのでした。

 まん前のテーブルにいる坂本が、泣いているのが壇上から見えました。来賓の方々も、深く、何度もうなずいていました。
 「本日はお越し頂き、ありがとうございました」と締めの言葉を終えると、会場にいた社員、スタッフさんたちが駆け寄ってきました。

 「橋本さん、よく言ってくれました」。何度も何度も、握手を求められました。
 翌日、坂本は主幹事会社の幹部を会社へ呼びました。
 そして謝っていただいた後、私を見て言いました。
 「橋本さん、これでいいか?」
 幸せな気持ちになりました。
 命をかけてこの会社のために働こう。改めて痛感した瞬間でした。

上場準備で疲労していく社内

 主幹事会社を替え、気を取り直して株式公開への再挑戦が始まったのですが、案の定、社内は再び疲弊し始めました。

 坂本も苦しんでしていたのでしょう。ずっと思い描いてきた会社の方向と、その通りに動けないもどかしさで
 「オレは上場なんてしなくていいんだ!」と、机を叩いて叫んだものです。
 「創業から育ててきたものを踏みにじられるなら、上場は諦める」
 振り絞るように、低く言いました。

 なぜ、あるがままのブックオフのよさが受け入れられないのか。
 私も悩みました。そして揺らぎました。たとえば組織の形について。ブックオフの特徴は、組織がフラットなことなのです。係長の上に課長、次長、部長、事業部長がいて、何かを決めるには稟議書に判が5、6個必要で、といった組織ではないのです。

 気がついた人が、動く。だから加盟店担当だった私が、全然自分と関係のない「リユース事業」に飛び込んでいく、といった動き方ができた。それは坂本の言葉を借りれば、「キャッチャーが外野フライを捕りに行くようなもの」。でも私だけではなく誰もがその動きを心得ているから、ブックオフでは「ポテンヒット」は起こらない。それが私たちの誇りなのです。

 でも証券会社に色々指摘されているうちに、はたしてこれが上場企業の組織にふさわしいのか何が正しいのか、分からなくなってきたのです。

「人の育て方」こそが強さ。しかし数字には出ない

 「御社の強みはなんですか」と聞かれ、「人間力です」と説明してもまるで理解されず歯ぎしりしました。私たちのフランチャイズ方式は、コンビニとは違って、本部による商品の供給を伴いません。私たちが加盟店さんにお伝えするのは、売れる店を作るためのノウハウだけ。

 そのノウハウとは、「人の育て方」に尽きます。人を育てられる人が店を任されれば繁盛店になる。その能力のない人が店長に就いた店は決まって不振店になる。「だから、人間力なんです」。私は理は通っていると思うのですが、証券会社の方々は「人間力、それは分かりました。ではそれ以外には?」と来る。

 それに私たちの会社では、人事評価も「数字至上主義」ではありません。「3期連続して売り上げトップだった店長が表彰される」といった人事評価は絶対に行いません。ブックオフの評価は、「人をどれだけ育てたか」。

 あの店からは誰が育った、数字を上げているあの人は誰の元で鍛えられた――。これが私たちの多店舗展開の機動力となる、人材の評価方法なのだと、私たちは自信を持っています。でもいくら説明しても証券会社の方々には、理解されない。もどかしさが募るばかりです。

 もちろん証券会社の方々も、真剣でした。
 「『坂本商店』から公の企業に生まれ変わるため、今は辛くても、この山を乗り越えて下さい」と何度も言われました。書類を作っては押し返されてを繰り返しました。あの作業は、私にとっては社会における企業の存在意義とは何かを考える「修行」のようでした。

鳴らない、電話

 2004年2月9日。午前8時から始まる運営会議の間に、東証から「上場承認」の連絡が入るはずでした。私たちは準備万端、専務の栗山が入り口に陣取って、連絡を待っていたのです。でも、会議が終わっても電話が来ない。次の会議に突入しました。全国の社員が集まる店舗会議です。

 何かあったんだろうか。ここまでやって、もしや承認されなかったらと思うと、私は居ても立ってもいられない思いに駆られていました。
 審査のため何度となく東証に通った記憶が脳裏をよぎりました。

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著者プロフィール

長田美穂(ながた・みほ)

ジャーナリスト 1967年奈良県生まれ。東京外国語大学中国語学科卒業後、日本経済新聞記者を経て1999年よりフリーに。消費社会、性と社会問題をテーマに執筆。著書に『ヒット力』(日経BP社)『問題少女 生と死のボーターラインを揺れた』(PHP研究所)など。 



このコラムについて

ブックオフ社長橋本真由美の「最強の現場の創り方」

“ビジネスモデル”で考えると、ブックオフの仕組みは恐ろしいほど単純だ。にもかかわらず、ブックオフだけが勝ち残ってきた理由は、現場(店頭)にある。

 この連載では、ブックオフの強力な現場が作り出されるまでの経緯を、1号店の現場からたたき上げて社長に就任した橋本真由美氏が語り下ろす。同社の「育ての母」の生の声を存分にお聞きいただきたい。インタビューと構成は日経トレンディなどで活躍中のライター、長田美穂氏、写真は鈴木愛子氏が担当する。

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