【お知らせ】この連載をまとめた単行本『お母さん社長が行く!』が発売されます。
(第18回から読む)
上場したからって浮かれるな。延びきったゴムのような会社になるぞ−−。
果たして、坂本のその言葉は現実と化したのでした。
2004年3月に上場し、夏がすぎ、秋になると既存店の数字に危うさが現れました。ついに10月には、全国ベースでは売上前年同月比を超えていても、重要な店のいくつかに、前年割れが出たのです。
「甘いよ!」と、研修旅行直前でUターン
11月に既存店売上高の前年同月比がプラスであれば、18ヶ月連続となります。しかしその年の11月は前年より2日、休日が少なかった。休日と平日の売上は、1.3倍から2倍も違います。
それでも1年半以上もプラスを記録し続けていたため、馴れが生じていたのでしょう。なんとかクリアできるだろう。私はそう思っていたのです。
11月10日朝7時。オープン直後の川崎の店の朝礼に顔を出そうと、車に乗りこもうとした矢先でした。携帯電話が鳴りました。坂本でした。
「前年同月比が今月、厳しいらしいな。どうなんだ」
「はい、昨日までにそれぞれのエリアマネージャーが仕入れのためのチラシの手配や、商品の移動など、手を打っています」
ああそうか、分かった、と言ってもらえるものだと思っていました。
「甘いよ、おばさん!前年同月比を5%以上割っているマネージャーは、まさかバルセロナ行きに入っていないだろうな。すぐストップをかけろ!」
ブックオフでは全社員を4グループに分けてバルセロナへの研修旅行を実施していました。その日は第2団の出発日でした。坂本も参加するため、成田へ向かう道中から電話をかけてきたのでした。
その時点で担当エリアが前年同月比90%前後しか取れていないエリアのマネージャーは、参加者の中に7人いました。もう家は出ているでしょう。1人ずつ電話をかけ、急遽中止を通告せざるを得ません。「わかりました、すぐ戻ります」。成田エクスプレスの車中、彼らは小声で答えました。成田の集合場所で事情を話すと、「出発組」が「自分も行くべきではないので戻ります」と言い出し、「戻り組」は、「研修を成功させるために行ってくれ」と押し問答し、それはなんとか説得して、チェックインゲートを挟み、「出発組」と「戻り組」は、涙で別れました。
送り出したと思ったエリアマネージャーが戻ってきた。当該地域の店長は、青くなりました。本社にも、緊迫した空気が走りました。
赤ハチマキで突破宣言
「すぐさま本社内に横断幕を掲げろ」
坂本からは国際電話がひっきりなしに入ります。
「04年11月度 前年同月比突破格闘本部」
本部長は私、橋本真由美。以下、副本部長に執行役員、商品センター代表、事務局は企業戦略室。全員、頭に赤ハチマキ装着が義務でした。

ブックオフ社長 橋本真由美氏 (写真:鈴木 愛子)
来社したお客様は、「ストですか」と驚愕します。
こういう時、ブックオフの団結力はすごいのです。総力戦です。役員もシフトを組んで、店に入ります。日頃は現場から離れている人間が店に来ても、かえって足手まといなはず。それでもセールの呼び込みをしたり、段ボールを運んだりして、スタッフさんたちと危機感を共有しようとしました。
中でも猪突猛進型である私は、頭に血がのぼり切っていました。この「格闘本部」で1つ、また、現場とやりあってしまいました。
バルセロナ行きをストップさせられたエリアマネージャーの中に、そのエリアの足を大きく引っ張る問題店を抱えてた人がいました。スタッフさんとの意志疎通ができていないし、時間感覚にもルーズ、店舗運営全体に甘えのみられる店長がいたのです。
私もかねて気になっていた人でした。問題の店長に、「スタッフさんとうまくいっているの?」と声をかけると、彼は言うのです。
「はい、うまくいっています。自分が遅刻した時、『大丈夫?』と心配してくれます」
なんと情けない返事か。この人には店長は無理だ−−。こう思っていた私は、エリアマネージャーにその旨を幾度となく言い、彼を外せとせっついてきました。そしてこの危機的状況を機に、ついに、彼の異動を決めたのです。
異動を言い渡すと、エリアマネージャーと当の店長が本社へ飛んでやってきました。店長は「もう一度チャンスが欲しい」と涙を流して私に言いました。
私は、厳然と突き放したのです。
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