「ブックオフ社長橋本真由美の「最強の現場の創り方」」

(20)2号店の仲間との辛い別れ

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2007年4月16日(月)

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【お知らせ】この連載をまとめた単行本『お母さん社長が行く!』が発売されます。


第19回から読む

−−上場すると世界が変わるよ。会社の動きが、今までと変わるんだ。新しい人が入ってきて、古い人がいなくなっていくんです。入ってきた新しい人も、うまくいかなくて、違うと思って、また辞めていく。そうして会社が危機に陥るんです。私たちも、そうでしたから。

 先人の教えは、やはり、正しかったのでした。
 2004年の上場から、ブックオフも同じ事態に陥り始めていました。

「子供」たちとの辛い別れ

 前回の前年同月比の問題は、目に見える、分かりやすい危機でした。けれどもより深刻なのは、人の問題です。上場後、古い人の退職が増えたのです。

ブックオフ社長 橋本真由美氏

ブックオフ社長 橋本真由美氏 (写真:鈴木 愛子)

 あの2号店から一緒にやっていた、私の「子供」との別れも上場後のことでした。2004年9月の役員会のあと、「お世話になりました」とだけ言って、彼は会社を去りました。

 2号店に来る前は、カラオケボックスでアルバイトをしていたと言います。無気力でダラダラ動いていた彼は、2号店閉店寸前の現状を聞いて目を覚まし、仲間とともに店を建て直してくれました。その功績を買った坂本が「社員になるか?」と誘うと「なってもいいですよ」と言う。根はいい子だけど社会人としてはまだまだ。そんな青年でした。

 1991年11月、ブックオフがフランチャイズを始めて最初の加盟店が岐阜で開店することになった時、坂本は彼を連れて開店準備に行こうとしました。ところが「そんなのいやですよ」と平然と言う。「じゃあ時給を、倍やるから」とお願いし、渋々承諾。岐阜までの運転は坂本です。私にとって、彼は「子供」ですから、飲み物やら電卓やメモやノートを用意して持たせて、行ってらっしゃいと白いワゴン車を見送った時の、不安な気持ちは忘れられません。もっとも道中、彼は坂本の横でグーグー寝ていたらしいのですが。

社内分社がきっかけに

 そんな青年も、慣れないスーツを着こんで、「スーパーバイザー」の肩書きをもらって、加盟店さんに自分の体験を語ったりしているうちに、なんとなくそれらしい仕事をするようになってきたのでした。

 店舗が増えると、経営者として実体験するために社内分社をして、彼は自分の店を何店舗も運営する子会社の社長になりました。利益を上げて、意気揚々と仕事をしていました。

 けれども本部にいる私と子会社社長の彼との間には、少しずつ、距離が生じてしまいました。

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著者プロフィール

長田美穂(ながた・みほ)

ジャーナリスト 1967年奈良県生まれ。東京外国語大学中国語学科卒業後、日本経済新聞記者を経て1999年よりフリーに。消費社会、性と社会問題をテーマに執筆。著書に『ヒット力』(日経BP社)『問題少女 生と死のボーターラインを揺れた』(PHP研究所)など。 



このコラムについて

ブックオフ社長橋本真由美の「最強の現場の創り方」

“ビジネスモデル”で考えると、ブックオフの仕組みは恐ろしいほど単純だ。にもかかわらず、ブックオフだけが勝ち残ってきた理由は、現場(店頭)にある。

 この連載では、ブックオフの強力な現場が作り出されるまでの経緯を、1号店の現場からたたき上げて社長に就任した橋本真由美氏が語り下ろす。同社の「育ての母」の生の声を存分にお聞きいただきたい。インタビューと構成は日経トレンディなどで活躍中のライター、長田美穂氏、写真は鈴木愛子氏が担当する。

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