【お知らせ】この連載をまとめた単行本『お母さん社長が行く!』が発売されます。
(第20回から読む)
「次は橋本さんだ」と坂本が社内外で言っていることは、小耳に挟んでいた程度でした。

ブックオフ社長 橋本真由美氏 (写真:鈴木 愛子、以下同)
いくら言われても、私は本気にはしていなかったのです。坂本の下でここまで仕事をさせてもらってきたとはいえ、私は4年制大学を出ているわけでもなく、41歳にしてパートを皮切りに会社へ入った人間です。言うまでもなく、東証1部上場企業のトップは重責です。私のような人間に務まるわけはない。まさか私なんかが…。
それでもあえて、いつ「社長」の座を意識したかと聞かれれば、京セラ創始者・稲盛和夫さんの主宰する「盛和塾」に坂本が出席した際の話をまた聞きしたときでした。稲盛塾長の前で「橋本を次の社長に考えている」と報告したそうなのです。私淑する稲盛会長に対して、坂本がまさか冗談を言うとも思えません。(ああ、坂本さんは本気なのかしら)私は初めて「社長」を意識しました。
「オレが社長か、と思ったよ」
それが2005年の年末のことでした。年が明けて2006年になると、今度は店舗会議の壇上で居並ぶ社員を前に、坂本は「次は橋本さんが社長になる」とマイクを通して言いました。4月には、弟の清水國明が経営している自然楽校のイベントに坂本が顔を出し、「こんど社長をお願いすることになったから」と國明に向かって言ったんです。國明は「オレにか、と思ったよ」(わが弟ながら、バカですね)と笑っていましたが、私のほうは笑いごとではありません。これは大変なことになったのだ、と身震いしました。
社長交代を発表したのは、06年5月16日の役員会のあとでした。
銀座で役員会をして、午後5時に東証にIR情報としてリリースを投げ込み、広報に「あす、少しは取材があるかもしれないから、白髪染めしておいてくださいね」と言われて、そうかそんなものかと…。
その顛末が、連載冒頭での大騒動だったというわけです。
ただ、実はあの瞬間、私は、ある意味で、社長就任以上に気がかりな問題に直面していました。社長就任の発表があった翌日の17日、私は、病院にとある検査の結果を聞きに行くことになっていたのです。
それは、ガンの検査、でした――。
社長就任、しかし、ガン?
話は2週間前にさかのぼります。
病院で定期健診を受けたとき、先生が首をかしげながら、大腸に「何かがある」ので、精密検査をしましょう、とおっしゃったのです。女医さんでした。何か安心できる表情や言葉が欲しくて、私は先生の顔を見つめ続けました。しかし、なぐさめられる表情は少しも浮かんでおらず、むしろ冷たさを感じました。
青天の霹靂でした。
ガン、かもしれない…。
自覚症状は全くなかったし、もともと健康には自信のある方でした。それだけに、突然私を襲ったガンの恐怖は、まさに筆舌につくしがたいものでした。
たしかにいまはさまざまなガンの治療法があり、早期であればかなりの確率で生き続けることもできるのでしょう。けれども、「何かがある」と言われて私の脳裏をよぎったのは、「死」への意識、そして恐怖でした。
人は誰でもいつか死ぬ。
そして、もしかしたら私は、思いもかけず近いうちに、死ぬのかもしれない。
夫のこと、2人の娘のこと。姑のこと、私の両親のこと。そしてもちろんブックオフでのこの17年間に出会った、坂本をはじめとする仲間たちのこと。仕事を断念しなければならないかもしれない無念さ。
私はこの世から、消えてしまうのだろうか。私は自分を取り巻く全ての人々に、永遠に、さよならを告げなければならないのか。
絶望の淵に沈み込む日もあれば、いや、まだガンと決まったわけじゃないと無理に希望を抱こうとした日もありました。
再検査の結果がでるのは、2週間後でした。あのじわじわと締めつけられるような恐怖をどう表現すればよいのか、語るにふさわしい言葉を今も持ち得ません。
ここから先は「日経ビジネスオンライン」の会員の方(登録は無料)、「日経ビジネス購読者限定サービス」の会員の方のみ、ご利用いただけます。ご登録のうえ、「ログイン」状態にしてご利用ください。登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。










