新興市場が一段と下落しました。2年前のベンチャーブームが嘘のようです。大学生は30年前と同様に1色のリクルートスーツで身を包み、大手企業への就職を目指しています。
経済の中心として語られるのは毎日、やはり30年前とほぼ同じ企業名です。社名が変わった会社もありますが、中身は30年前には出来上がっていた会社ばかりです。
街角では人口の少子高齢化問題が語られていますが、日本の大手企業たちはもっと少子高齢化が進んでいます。時価総額上位50位の会社をリストアップしてみれば、年齢が30歳以下の会社はただ1社です。あのソフトバンク(9984)のみです。
セイゾウ的雇用形態が人材を大手に封じ込んだ
なぜ起業が難しいか、なぜベンチャーが大手企業に発展できないか。「日本人の若者がやる気が足りない」とか、「ハングリー精神が足りない」とかの議論に賛成できません。
僕はこの背景に戦後の製造至上主義がもたらした多くの政策、慣習と固定概念があると考えます。
例えば日本の雇用形態にいまだに年功の慣習があります。これは職人と技能工などの熟練労働力を長く組織内にとどめる製造業の知恵でした。若いうちに実際の働きより安い給料を払うことは会社が社員の収入を人質に取ったようなものです。
製造業のニーズに応え、退職金も保険も「長く同じ会社に勤めること」を前提とするようになり、社員も次第に「一生勤められる会社に入りたい」と考えるようになりました。
この「セイゾウ」的な雇用慣習が人々の雇用心理まで支配し、社会の人的資産の流動性を阻害し、新しい企業の誕生と発展の妨げになるのです。
今月10日にスイスの有力ビジネススクール、IMDが発表した「2007年世界競争力年鑑」によると、日本の競争力がまた下がって24位になったそうです。その順位を引っ張った大きな要因の1つが「経営者の企業家精神」の低さでした(53位)。
僕は企業家精神の後退は企業家の問題ではなく、雇用形態に代表されているような長期にわたって「セイゾウ」という名の長男を優先した結果だと思います。人材も集まらないのに事業のリスクが高すぎます。それでも勇気を出して成功する人が多くいますが、諸外国と比較してまだ少数であり、なかなか大手まで成長できないのです。
セイゾウ的積算方法がソフトの競争力を無くした
もう1つひどい事例を挙げます。
ご存じのない方も多いと思いますが、日本のソフトウエア産業ではいまだに成果物の評価には人月モデルを使っています。ようはソフトウエアの価値を計測するには「どのようなレベルの技術者が何人、何カ月働く必要があるか」を計り、あとはレベルに応じた平均月収を掛けて足していくだけです。
これも明らかにセイゾウ的な積算方法です。肉体労働では熟練度は目に見えて測りやすいものです。また同じ熟練度であれば生産高がほとんど変わらないため、人月モデルは極めて合理性があります。
しかし、ソフトウエア開発はある意味で小説を書く作業と同じです。あくまでも書かれた小説を読んで感動するかしないかで評価すべきです。書いた人が日本語レベルは何級か、何カ月書いたかを計っても小説の評価になりません。
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