「常盤文克の「新・日本型経営を探る」」

部分最適型“イノベーション”に潜む罠

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2007年5月21日(月)

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 ここ数年、イノベーション(革新)という言葉をよく耳にします。国も企業も様々な分野においてイノベーションを旗印に掲げ、イノベーションこそが新たな成長のカギだと言っていますが、具体的なイメージやキーワードは明確ではないのが現実です。

 ただいたずらに時流に乗ってイノベーションと呼んでいるだけでは、何も新しいものは生まれてきません。大事なのは、今なぜイノベーションが必要なのかを、改めて問うてみることではないかと思うのです。

 では、いまなぜイノベーションなのでしょうか。それは、20世紀に出来上がった社会や企業の仕組みが古びてきて、この仕組みのままでは新しい21世紀の展望が開けないからです。

 一般的に従来の手法では、対象となる物事を小さく分割し、ミクロな視点から分析的に見て改善や改良を積み重ねてきました。しかし、部分に焦点を当てて物事を見ていると、いつの間にか全体を見失ってしまいます。このような要素還元的なアプローチでは、物事を本質から変えることはできません。だからこそ、1+1を2より大きくしようという発想ではなく、ゼロから新しいものを生み出そうという発想に切り替える必要があるのです。

ミクロな視点ではイノベーションを起こせない

 それでは21世紀型のイノベーションを起こすには、何が重要なのでしょうか。それは、物事の全体を俯瞰して、包括的にマクロに捉えようとする発想です。

 今までのように、ミクロな視点で細かく分けた小さな部分だけを見ていては、物事の全体像はつかめません。例えば、環境問題やエネルギー問題について、起きている事象一つひとつに部分解を求めて取り組んでみても、全体解は出てきません。全地球レベルで人々の価値観を変え、生活に対する意識も改革しなければ、解決には近づきません。イノベーションを起こす場合も同じで、部分的思考からの脱却と、全体的思考への転換が求められています。

 ただし、技術や知識、人材などを寄せ集めただけでは新しいものは生まれません。部分部分を1つにまとめたものを、一般には「全体」「総体」と呼びますが、これでは単なる寄せ集めという印象があります。

 こうした寄せ集めではなく、部分部分が互いに生き物のようにつながり、全体で見ると1つのシステムであるような仕組みが、イノベーションを起こすには必要です。ちょうど、様々な器官や臓器などで構成されている人間の身体のイメージです。そう考えると、組織のことを英語で「オーガニゼーション(organization)と呼ぶのも納得がいきます。まさに組織とは、部分部分が有機的に繋がったシステムであり、生きている集団なのです。こういった構造を「統体」と呼びたいと思います。

 こうした発想の転換を前提に、20世紀に細かく分けてしまった部分(全体の切れ端)を集めて、もう一度独創的な発想の下に新結合して、新しい統体を創り上げなければなりません。経済学者・シュンペーターは、「イノベーションとは新結合である」と定義していますが、まさにその言葉通りなのです。

 いま、物事を細かく分けすぎてしまった弊害が、いろいろなところで見られます。NHKのテレビニュースが報じていた例ですが、病名を特定できず治療法もよく分からない病気が次々と出現し、医療現場が困っているという話です。その理由は何だったのでしょうか。

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著者プロフィール

常盤 文克(ときわ・ふみかつ)

元・花王会長
1957年東京理科大学卒業、花王入社。スタンフォード大学留学後、大阪大学にて理学博士。花王で研究所長などを経て、76年取締役。90〜97年まで社長、2000年まで会長。現在は企業の社外取締役、アドバイザリーボードメンバーなど幅広く活躍。著書に『モノづくりのこころ』(日経BP社)、『コトづくりのちから』(同)、『ヒトづくりのおもみ』(同)、『反経営学の経営』(共著、東洋経済新報社)、『いま・ここ経営論』(共著、同)など多数。

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