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製薬会社と医師の橋渡しとなる「ケアネット」

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2007年7月19日(木)

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 1990年代末のネットバブル時代には数多くのネットベンチャーが華々しいデビューを飾った。しかし、その後のバブル崩壊によって経営危機に陥り、そのまま消えていった企業も少なくない。

 ケアネットも、バブル崩壊のあおりを受けて危機に瀕した1社だ。医療分野のネットベンチャーとして独自の情報サービスを展開していたが、経営の多角化が裏目に出て業績が悪化していった。

 だが、ケアネットは医療情報を数多くの医師に効果的に提供するという原点に立ち戻り、収益に結びつけるアイデアを実現した。この成功で業績は急成長を遂げる。2007年4月、同社は東証マザーズに上場した。

医師向けのテレビ放送事業でスタート

図版

詫摩直也(たくま・なおや)社長
1956年生まれ。米国マサチューセッツ工科大学卒業。米ジョンソン・エンド・ジョンソン、ボストンコンサルティンググループを経て、99年10月にケアネット顧問。2000年1月ケアネット・インターナショナル取締役会長。2003年4月ケアネット代表取締役社長に就任。(写真:田中昌)

 1996年、ケアネットはデジタル衛星放送を使い、医師に役立つ医療関連情報を提供する「CareNet TV・メディカルCh.」の運営事業でスタートした。1990年代末からは、本格的に普及し始めたインターネットを活用して、地域の病院と診療所を連携させるシステムや、薬の発注が簡単にできる仕組みの開発、ネットで医療情報を提供する会員制サイト「クラブ・ケアネット」など、医療水準向上のための様々な事業に乗り出した。

 だが、突然やってきた2000年春のネットバブル崩壊によって、不採算事業を多く抱えていた同社は経営危機に陥った。その時、創業者の誘いで経営コンサルタントを辞めて同社に入社した詫摩直也氏(現社長)は大きな決断を迫られた。

 「日本の医療に貢献したいという高い志はあっても、このままの経営状態では会社の存続は難しい。とはいえ、仮に自分がやっても再生できるかどうか分からない」。入社してまだ間もなかっただけに、詫摩社長は厳しい経営責任を負う覚悟は持てなかった。

 ところが、赤字幅がさらに拡大し、「“このままでいいのか”という気持ちがわいた」と言う。社員たちと話をすると、厳しい経営状況の中でも「日本の医療を良くしたい」という熱い気持ちで頑張っていることが伝わってくる。自分がやらなければそんな彼らを見捨てることになると思うと、逃げるわけにはいかなかった。そして、詫摩社長は腹をくくった。「みんなで力を合わせて会社を立て直そう」と決めた。

 経営陣に対する詫摩社長の進言によって、既にテレビ放送とインターネットの会員制サイト以外の事業は整理する方向で進んでいた。これに伴って必要となる人員整理も行われ、当初180人いた社員は80人になった。本社も家賃の安い場所に移した。

 しかし、それだけやっても黒字化の見通しは立たなかった。会社を救う道はただ1つ。収益の柱になる新たな事業を作るしかなかった。

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