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【第3章】 となりの死刑囚 2

拘禁病の夜

  • 佐藤 優,伊東 乾

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2007年9月20日(木)

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国家とは何か、権力とはどう使うべきものなのか、死刑には何の意味があるのか。これまで日本では真正面から議論、考察されたことがあまりないテーマについて、現在最もホットな作家である佐藤優氏と伊東乾氏が5時間以上にわたって熱く議論した内容をシリーズにしてお届けしています。前回と今回は死刑囚の人柄に迫っていきます。(司会進行は本誌編集長 川嶋 諭)

新拘置所はシックハウス

佐藤 31房の彼のことで、強く心に残っているエピソードがあります。2003年に東京拘置所に新しい高層の建物が加わりました。通称、「小菅ヒルズ」というやつです。

伊東 なんか、ダースベーダーの基地みたくなりましたよね。昔の木造の建物は、府中の自動車試験場で免許を配る古い建物とよく似た、旧日本軍っぽい平屋だったけれど

佐藤 その新しいところに移ったんですが、ここでみんな、シックハウス症候群になるんです。壁のペンキや備品の小机のニスが溶けてきて、気化するんでしょうか。目から涙が出てくるし、お茶をポットに入れて小机の上に置いておくだけで臭いがついたり、食べ物も臭いがつく。でも、それに対して中の人間は誰も文句を言わない。というか言えない。

伊東 それは酷いですね。

佐藤 ところがね、隣の死刑確定囚のXさんが看守に「みんな黙っているけど、これはシックハウス症候群だから。拘置所の方でも問題意識を持ってもらわないと困る」と、囚人たちの思いを代弁して言ってくれたんです。

伊東 立派な人ですね。人民の代表という意識を、とても良い意味で持っているように聞こえます。

佐藤 そうなんです。誰も言わない言いにくいことならば自分が言わなくてはならないという役割意識を持っているんです。

 それと、新しい拘置所なんですが、壁窓が曇りガラスになっていて、外の景色が全然見えないんです。これ、どうやったらああいう曇りガラスを作れるのかと考えるぐらい、分厚い曇りガラスで、昼夜の区別はつくが、晴れか曇りの区別もつかない。

 それどころか、しっかりと防音がなされているので雨が降っているかどうかも分からない。もう、ぼんやりとした光の加減しか分からないんですよね。潜水艦に乗り込んでいるような感じ。それでしばらくすると皆、身体に変調を来してくる。

伊東 聞いてるだけで、気分悪くなってきますね。

佐藤 優(さとう・まさる)氏

佐藤 優(さとう・まさる)氏

佐藤 これはさすがに、拘置所でもマズイと思ったんでしょう。独房の奥の外の廊下に観葉植物として、モミの木とゴムの木を置いてくれたんです。囚人の中で水をやる係があって、2日に1回ずつ水をやっていた。

伊東 なるほど。というか、そこまで事態が深刻になっていたわけですね。

佐藤 ええ、それで、とにかく我々は、その観葉植物が大好きでね。朝から晩まで、暇に飽かせて観葉植物をずっと見ているんですよ。

伊東 これも、なんかすごい話だ。

佐藤 そうしたら、ある時ね、モミの木が片づけられちゃったんです。

伊東 規則にない、とか、そういう話になったんでしょうね。

佐藤 理由はよく分からないのです。ただゴムの木は残っていたので、規則違反ということではないと思います。そうしたら、このXさんが看守を捕まえて「あのモミの木はもう帰ってこないんですか。もうみんな情が移っているから」と寂しそうな声で尋ねていた。実際植物に囚人たちは情が移っているんです。

伊東 確定死刑囚とモミの木の淡い交情…。ご隠居が盆栽に愛情を注ぐようなのとは、全然違う切実さがありますね。正気を保つ唯一の手がかり、心の拠り所が消えちゃったら、辛いだろうな。

佐藤 そこでXさんは、皆のことを考えて私たちが言いにくい、重要なことを看守に言ってくれていたんです。

伊東 なるほど、これもなんか、人民の代表っぽい、いい話ですね。

拘禁病の夜

佐藤 これも新獄舎での話ですが、私の独房の真向かいになる35房の独房に、1審で死刑判決を言い渡され、控訴審で争っている被告人が送られてきたんですね。この人はかなり極限状態になっていて、職員を呼びつけて「私は確かに2人殺しました。しかし、2人目は殺意がなかったんですよ。分かってください。それでも私は死刑にならないといけないんですか」と訴えていました。いろいろ思い詰めて、だんだん人格が破壊されていったんでしょう。

伊東 それを佐藤さんは間近で見聞きされたわけですね。

佐藤 で、この35房の人が夜中に「寝つけない」と言って、拘置所がどんどん強い睡眠薬を与えるんです。それで朝、起きられない。
 私は拘置所に入った2日目に、医務担当の職員から「いいですか佐藤さん、ここの医療は世間では言われているよりはいいですよ」と教えてもらいました。「ただしね、下剤と睡眠薬だけは絶対手を出さないでほしいんです。というのも、医者がいくらでも強いものを出しますから、ここの外に出てからも、薬なしでは生きられなくなってしまうんです」と耳打ちされていました。

伊東 何気ないようで、実はすさまじい話ですね。僕の母親が生前、病院に入院していて昼夜が逆転してしまったことがあったんです。その時、当直していたばかものの研修医が、「看護師たちの平和」のために、加療上は全く必要のない精神科の投薬をして、それでお袋がおかしくなってしまったことがありました。

 夜中に呼び出されて、すわ、危篤か、それとも死んだかと思って、中央高速をぶっ飛ばして新宿の病院まで駆けつけてみると、ナースステーションでお袋が拘束衣を着せられて怒り狂っていた。いったい何がどうしたのか、と糾すと、当直の1年生研修医が説明するわけです。

 教授職の声にその瞬間から変えて、厳密に注意しました。突然、神妙になりましたね。この病院は典型的な東大系列で、親元大学のうるさい助教授の家族だというので、すっかり医師諸君は怯えてしまって、それからは、インフォームド・コンセント、病状や加療の説明にしても、やたら細かくなりました。

 「これは、血液中のヘモグロビンと共有結合で繋がっている部分を計る検査なので長期指標として使えるわけでして…」とか、病理や薬理の細かいことまで報告してくれるようになったりしました。しかし、「きちんとせねばいけない患者」と思われない限り、医師も看護師も、現場が大変なのは分かるけれど、容易にモラルハザードに陥るというのを痛感しました。フーコーの『監獄の誕生』『臨床医学の誕生』を地でいく話だと思うし、そこに薬剤なんぞが関わってくると、もうオウムなんだか何なんだか分からない、酷い話です。

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