特集「イノベーションで切り拓く新市場」が、「ザ・ターニングポイント 〜イノベーションの軌跡」として装い新たに再スタートを切りました。動画番組もテキスト記事も今まで以上にパワーアップしてお届けします。番組では、ニコンの苅谷社長、木村専務をはじめとするキーパーソンへのインタビューなどを通して、ニコンのターニングポイントに迫りました。ぜひご覧ください。
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ニコンが劇的な復活を遂げた。その復活のさまは、まさに「どん底から這い上がった」という表現がふさわしい。
ニコンの連結売上高と営業利益の最終損益の推移
2002年3月期、2003年3月期と2年連続の最終赤字に直面した。追い詰められた状況の中で、経営改革に着手。次年度以降、業績は右肩上がりで回復し、2007年3月期は過去最高の売上高と利益を達成した(売上高が8228億円、営業利益が1020億円、最終利益が548億円)。2008年3月期は、さらなる更新を見込む。
戦場で生まれた数々の神話
いわゆる「ニコン神話」というものがある。「ニコンほど頑丈なカメラはない」──。数々の伝説的なエピソードによって、ニコンのカメラはそのタフネスぶりが語り継がれてきた。例えば次のようなエピソードである。
・朝鮮戦争当時、報道カメラマンたちがニコンのカメラを戦場に持参。極寒の中でライカやコンタックスといったドイツ製カメラはシャッターが切れなくなったが、ニコンのカメラだけは動き続けた。
・ベトナム戦争の戦場に行った報道カメラマンが被弾。胸に下げていたチタンボディーのニコンFが銃弾を受け止めたおかげで、カメラマンは一命を取り留めた。
・飛行機が墜落した現場から、遺品としてニコンのカメラが出てきた。炎に包まれた様子だったが、中のフィルムは無事だった。現像するときちんと写真が写っていた──。
こうした様々なエピソードによって、ニコンは神話の世界に君臨するようになった。神話がつきまとう日本の会社はニコンだけではない。かつては「ソニー神話」もあれば「ホンダ神話」もあった。だが、ニコンの場合は一線を画している。
ソニーやホンダは、奇跡的な成長ぶりが、創業者の強烈なキャラクターとともに、あたかも神話のように語られた(ホンダの場合はF1における活躍も神話だった)。だがニコンは企業としての成長ぶりが際立っていたわけではない。神話はもっぱらニコンの製品、つまりカメラそのものについてまわっていた。
だからソニーやホンダと比べると、ニコンという会社の内側はなかなか見えてこなかった。製品が放つ光があまりにも強すぎたからかもしれない。
設計者が神様のようだった
では、ニコンとはどのような会社だったのか。一言で言えば、「“実直、真面目”を絵に描いたような、頑固なまでの技術者集団」ということになるだろう。ニコンと聞くと多くの人は「技術力の会社」だと思い浮かべる。それは決して間違いではなく、一般的なイメージを上回るほど徹底的に技術志向の会社だった。
社内では設計者がまるで神様のような存在だった。新商品を開発する際は、設計者が作りたいように作る。あくまでも自分たちが理想とするカメラの完成形を追い求めるのだ。
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