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「知」を結合し、育てるのは何か?

科学的アプローチだけで新しい価値は生めない

  • 常盤 文克

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2007年11月30日(金)

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 最近、「知の統合や融合、構造化や組織化が求められている」と盛んに叫ばれています。

 これまでの世の中は、科学と称して物事を小さく切り刻んで究めていく要素還元的なアプローチでやってきたので、そこにはおのずと限界があるということなのでしょう。言葉は色々ですが、これは切り刻んだ小さな知をもう一度つなぎ合わせて、大きな知に戻そうという反省ではないでしょうか。

 デジタル社会の進展とともに、人間一人ひとりが手にできる情報量が爆発的に増えてきました。我々はまさに情報の洪水の中で生きていますが、情報の断片からは物事の全体の姿は見えてきません。この断片からは、新しいものは生まれてこないのです。

「情」が細分化で失われたことこそ問題

 また、学会や産業界では研究領域や専門領域が細分化され、結果として仕事の全体像がつかみにくくなってきています。ここでも、限られた領域の小さな知の断片からは、大きな新しい知は生まれてきません。小さいけれども多様な知を関連づけながら、大きな知に組み立て直し、新しい価値(モノ・サービス)を創り出していこうという動きが、いま起きているのです。

 そもそも、知とは人が生み出し、育てていくものです。それは単なる知識(ナレッジ)ではありません。知を語るときは「理」だけではなく、人の「情」の要素を忘れてはなりません。
 
 これは、込み入った話ではありません。例えば、「おばあちゃんの知恵袋」という「知」があります。この知恵袋とは、単にお年寄りが持つ知識や知恵だけを指しているのではありません。おばあちゃんが長年の経験で得た知、また親から受け継いできた知を子や孫に伝えて共有したい、そして楽しい幸せな家庭にしていきたい、という思いや愛情がいっぱい詰め込まれているのです。 

 ところが、実際は知を人や情と切り離し、数値や理論、法則といった「理」の部分だけで議論することが多いように感じます。テクニカルな部分だけ切り出したハウツー本には、「知恵袋」が持つ属人的な統合性、思い、愛情が抜け落ちています。

 学会、産業界の「知の統合」は、その解を科学的なアプローチで求めようとしているのですが、これでは、また知を小さなモノにしてしまいます。この統合には、理と情(言い換えればデジタルとアナログ)の両面を考えねばなりません。

知の「曖昧さ」とは、多義的ということ

 人の思考にはアナログの部分がありますから、物事は必ずしもイエスとノーだけでは論じられません。その間に微妙なニュアンスの違いや、意味の受け止め方や解釈の違いがあって当然です。そうした曖昧さ(実は曖昧さには“多義的”という含意があります)が、常に知には内在していると言っていいでしょう。だからこそ、イエスとノーというデジタルな思考のギャップを埋めたり繋いだりする必要があります。その役割を担うのが人であり、人が持つ情や曖昧さなのです。

 例えば将棋です。プロ棋士とコンピューターの対局を考えてみましょう。

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