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バイオリン演奏とエンジン音
ダイムラークライスラー誕生とトヨタ米工場拡張のその後

  • 酒井 耕一

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2008年2月7日(木)

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 バイオリンの演奏を聴きながら朝食を取ったのは始めての体験だった。

 2000年1月の北米モーターショーの取材で訪れたデトロイト市のホテル。98年に合併で誕生した独ダイムラクライスラーは新会社誕生を祝って99年から2000年にかけて、大々的なイベントを次々と開いた。

 バイオリン演奏付きの朝食提供もその1つ。宿泊ホテルのレストランにはダイムラークライスラーの大きな看板が飾ってあり、ビッフェ形式で好きな食べ物を選ぶ。朝7時、皿に盛ってから、3人の演奏者の近くのテーブルに座ったのを覚えている。そのほかにもショーの会場でもダイムラーが大きなスペースを取り、存在感をアピールした。

 ニューヨーク市でも、夕食会や会社説明会、記者会見など派手な催しが続いた。

 ある日は、ニューヨーク証券取引所の前の道路を借り切って、合併を決めたダイムラーのユルゲン・シュレンプ会長やクライスラーのボブ・イートン会長ら役員全員が揃って懇談し、新会社をアピールした。その席では幹部が「次はアジアで買収したい」と語り(その後、三菱ふそう・三菱自動車に出資)、止まらぬ拡大意欲を語った。

 お祝いといえば、98年12月にトヨタ自動車(7203)が米国にエンジンの新工場をウエストバージニア州に建設し、その開設式を取材に行ったことも忘れられない。

 式典会場となった新工場には、採用されたばかりの1000人近い米国人が静かに並んでいた。挨拶に立った従業員の代表は「これまでは失業していたが、これからはトヨタとともに未来に歩む」と静かだが、誇らしげに語った。

 失業地域にトヨタが進出したことで、従業員には生活のメドが立ってホッとしたという感情が強かったのだろう。工場完成でも皆が神妙な表情だったのを覚えている。

 式典で挨拶した豊田章一郎名誉会長は「ウエストバージニア工場のエンジン音はカローラに載せられ、米国中に響く熱い鼓動だ」と語り、会場は、バイオリンではなく、エンジン音に包まれた。トヨタは同時にインディアナ工場も建設し、ピックアップトラックの「タンドラ」の生産に乗り出した。

 日系勢が米国で小型トラック(ピックアップやミニバン、SUV=多目的車の総称)の製造を本格的にするのは始めて。それまでその分野はGM、フォード・モーター、クライスラーの米国勢が独占していた。セダンやクーペの乗用車に比べて、ライトトラックは販売価格も高く、粗利は1万ドルとも言われる収益源。日本勢の商品が少ないだけに、米国勢は圧倒的なブランド力は誇っていた。

 だが、ダイムラーの派手な式典の陰で、トヨタは米国での市場拡大を着々と進めていたわけだ。

 それから約8年。結果は明快に出た。ダイムラーはクライスラーと分離。「世紀の合併」は破談となった。一方で、トヨタを含む日本勢は米国での市場シェアを高めて、特に小型トラック部門で30%も取っている(乗用車部門は43%)。

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