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バンカーよ、国際人たれ

  • 神谷 秀樹

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2008年3月3日(月)

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 私の出身の住友銀行(現三井住友銀行)で恩師に当たる人が、現在、医療経済研究機構で専務理事を務める岡部陽二さんだ。岡部さんは、私が創業したロバーツ・ミタニのアドバイザリーボードのメンバーになっていただいている。岡部さんにメンバーになっていただいたのは、日本屈指の世界に通じるバンカーだからで、私が今日マーチャントバンカーとして仕事をしている基礎は、皆、岡部さんから教わった。

 住銀時代、岡部さんはロンドンとスイスに拠点を置くマーチャントバンクである住友ファイナンス・インターナショナルの社長や住友銀行ロンドン支店長、同欧州総支配人などを務め、邦銀で初めて変動レートCD(譲渡性預金)による海外資金調達や、金利スワップ取引を導入した。大蔵省(現財務省)の護送船団方式が全盛の時代に、先進的な金融取引を現地のスタッフと共にビジネスにしていった。

 海外で現地のスタッフをマネジメントしてきた経歴を買われ、住銀の専務時代には、同行が買収したスイスのゴッタルド銀行の取締役に就任した。長い欧州での仕事を終えた後は明光証券(現SMBCフレンド証券)の会長を務め、その後は金融界から離れ、広島国際大学教授で医療経済学を教え、現在に至っている。

 岡部さんは教養にあふれビジネス以外の様々な点で参考になる話を教示していただけることから、私は銀行家としてのみならず、人間としての生き方を岡部さんから学び続けている。

今も目にすることのできる薫陶

 その岡部さんが「住友が生み出した最高の国際銀行家は彼だ」と言う方がいる。その方は、故・大島堅造(1887~1971)さんだ。大島さんは、私が住友に入行した時には既に鬼籍に入られていた方で、岡部さんと違い、私は残念ながら大島さんの薫陶を受ける機会はなかった。

 だが、大島さんは後輩のために『一銀行家の回想』(1963年著、図書出版社より90年再版発行)という素晴らしい本を残してくれた。本書に描かれた大島さんの生きざまをご紹介することにより、「国際銀行家」の持つべき心構えを知ることができる。

 大島さんは1909年に東京高等商業学校(現一橋大学)を出て住友銀行に入行した。その当時の日本は日露戦争に勝利し、一躍一等国の仲間入りをした国家興隆の基礎を成した時期であった。大島さんは住友銀行の国際部門(当時は外国為替取引と呼んでいた)の基礎を作られたが、17年にニューヨークに渡り、4年間駐在してニューヨーク支店を開設するとともに、欧州でも勉強と仕事に励まれた。中国にも何度も足を運ばれたことが同書には記されている。

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