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異常事態を利用して牛丼一本から脱却

逆境から這い上がった吉野家の進化(2)

2008年6月5日(木)

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 1980年の会社更正法申請。そして2004年から約2年半は、BSE(牛海綿状脳症、狂牛病)発生による米国産牛肉の輸入停止に伴い、牛丼販売が中止に追い込まれた。

 100年かけて味を磨き上げてきた牛丼を売ることができなくなっても、吉野家は現場の奮闘によって見事に立ち直り、2008年2月期決算では、国内牛丼関連事業で増収増益を達成した。

 2007年10月、現場のオペレーションの強みを生かして攻めの店舗展開を進める吉野家の社長に就任したのが出射孝次郎氏。牛丼販売中止期間には、新メニュー開発のために1日5食を試し、「毎日が戦争だった」と語る出射氏に話を聞いた。

(聞き手は、日経ビジネス オンライン編集長 廣松 隆志)

(前編「“うまい、やすい、はやい”の先も利益率追求」から読む)

── 社長は日本全国の現場に顔を出されるのですか。

吉野家代表取締役社長 出射 孝次郎氏

出射 孝次郎 (いでい・こうじろう)氏
吉野家代表取締役社長

1956年神奈川県生まれ。78年日本大学農獣医学部卒業後、吉野家入社。81年東京営業課長。87年商品部食肉担当(88年吉野家は「吉野家ディー・アンド・シー」に社名変更)。93年商品仕入部長。96年南関東営業部長。2000年3月商品事業部商品部長、同年5月取締役商品事業部商品部長。2002年9月常務取締役商品事業部長、2007年常務取締役(2007年10月吉野家ディー・アンド・シーは純粋持株会社「吉野家ホールディングス」に移行し、新設分割設立会社「吉野家」が発足)、同年10月吉野家代表取締役執行役員社長(現任)、同年10月吉野家ホールディングス取締役(現任)。(写真:小久保松直 以下同)

 そうですね。沖縄と九州と四国は店長会議を含めると、もう全部回ってきました。ただ、今は執行役員制度になっていて、あくまでも現場の長が執行役員なので、あまり僕が行ってもという気はします。だから年に2回の店長集会で、店長のみんなに語りかけています。

 去年1泊の社内旅行に行きました。関東は千葉の鴨川、関西は鳥羽への旅行で、店長と5年以上のアルバイトの方に交じって私も参加しました。

── 社内旅行はどんな様子ですか。

 この社員旅行を最初に始めたのは1980年の倒産の後です。弁護士の増岡章三先生が管財人の時に、社員の1泊旅行を企画しました。その当時、店が24時間営業なのに、社員旅行なんかできるわけないって斜に構えていたんですけど、何やかや調整して行ったら楽しくてね。

 2004年のBSE発生の時はさすがに行けませんでした。その後、日帰り旅行は何度か行きましたが、1泊旅行は7年ぶり。主婦の方の参加も多く、本当に非常に多くの参加があったし、皆さんが楽しんでくれました。何が頼もしいって、旅行なのにやっぱり仕事の話をするんです。

── 仕事の話とは、どんな話題に。

 売り上げを頑張りますとかね、僕のところにお酒をつぎながら言うんですよ。そういった意味でいうと、本当にたくましいと思います。

── BSEの影響で牛丼が販売できない時の現場の頑張りというのを間近で見てきて、吉野家の現場のフェーズが変わってきたというのを実感されますか。

 お店は開けているのに牛丼がないというよりも、やっぱりお客さんに来ていただけないのはつらいです。牛丼がなくなった時、相当売り上げは落ち込み、当然、経常が赤になったぐらいですからね(2004年上期)。現場は忙しい方がうれしいんですよ。とにかくお客様に来ていただくことに喜びを感じています。

 だから強いんでしょうし、苦境になればなるほど、一生懸命になる。その辺の傾向は、うちの中にずっとありますね。

── 1899年に日本橋の魚市場に個人商店として吉野家が誕生した時からその文化はあるのでしょう。1980年に吉野家が倒産した時、出射さんはどういうお立場だったのですか。

 1978年に入社して2年目で、西新橋の店長でした。

── 店長経験者が将来社長になるというのは、現場にとって非常に励みになることでしょう。今、日本全国をいくつかのエリアに分けて見ているのですか。

 「東北、北海道」「関東圏」「関東の一部から中部、北陸」「それ以西」の4つの事業部があり、それぞれの事業部長が執行役員を兼ねています。その下に部長が3人います。部長の下にエリアマネジャーがいて、その下が店長ですね。四国、九州、沖縄は子会社で執行役員がいますから、全国を7つの執行役員がそれぞれ自分のエリアを責任を持って見ているという体制です。

「原材料費の値上げがあっても、牛丼の価格は上げたくない」

── しかし、牛丼を扱っていた吉野家さんが、メニューを増やして顧客層を広げ、これまでとは違うお店になっていくというのは非常に面白い。

 これまでの延長であれば、そんなに苦労もすることもないのでしょう。でも今は、新しいことを積み上げて新しいものを作り上げていく必要があります。その結果、中期計画の数字にかなり早く近づけていきたい。ただ、試行錯誤で大変ですよ。

 中期計画の数字は、大きな天変地異や大小を含めたネガティブファクターがどんどん出てこないというのが前提です。順調に進んでという想定のはずですから、今年4月末に起きたようなこと(輸入した米国産ビーフの中に、牛丼に使用する部位とは異なる骨付きの部位が混入しているのを発見)のように、何かが出てきてネガティブインパクトに働くとその分、後ずさりとなりますし、後ずさりを取り戻そうとするとまた相当余分なエネルギーが必要になってきます。

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「異常事態を利用して牛丼一本から脱却」の著者

大村 洋司

大村 洋司(おおむら・ようじ)

海外事業戦略室プロデューサー

1989年日経BP入社。95年「ナショナルジオグラフィック日本版」編集、2004年同誌副編集長。07年「日経ビジネスオンライン」副編集長。10年「日経ビジネスアソシエ」副編集長。12年1月より現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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