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変化の時代のリーダーシップ(1)
「情」から「理」へのシフト

“天保の老人”たちに学ぶ

2008年7月11日(金)

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 明治から昭和にかけての言論人、徳富蘇峰(とくとみそほう)は、日本初の「ジェネレーション論」を繰り広げたことでも知られている。1887(明治20)年に刊行された『新日本之青年』という著書の中で、当時の政官民の指導者層を「天保(生まれ)の老人」と呼び、彼らが社会の実権を握っていることが諸悪の根源であり、「明治の青年」は彼らに従うのではなく、自らが彼らを導くようにならねばならぬという論を展開した。

 では、天保生まれのリーダーたちとは、どんな人々だったのだろうか。木戸孝允(桂小五郎)は、1833(天保4)年の生まれ。1835年には福沢諭吉、坂本龍馬が生まれている。その後井上馨、山縣有朋、高杉晋作、伊藤博文という錚々たる面々が続く。初代総理大臣の伊藤博文は、1841(天保12)年の生まれだが、1901(明治34)年の第4次伊藤内閣退陣まで、首相であった時期もそれ以外の時期も政界のリーダーであり続けた。

 1887年当時、弱冠24歳の蘇峰からすると、幕末維新の動乱期から明治後期まで社会をリードし続けた「天保の老人」たちの長期にわたる影響力の強さが、我慢ならなかったのだろう(その後徳富蘇峰自身、昭和、それも第2次大戦中の時期まで活躍し続けるのだが)。

幕末から明治維新を生き抜いた「天保の老人」たち

 天保時代といえば、その半ばまで11代将軍家斉の治世であり、まだまだ幕藩体制が強固だった時代だ。「天保の老人」たちはこの時代に生を受け、幕末から明治維新という激動の時代を生き抜いた。

 この大きな変化の波は、日本だけを襲ったわけではない。1842(天保13)年にはアヘン戦争が終結し、清国は香港割譲、(広東に加えて)4港開港という条件を飲まされている。欧米列強の植民地主義が東アジアに押し寄せてきていたのだ。

 「天保の老人」たちが生きてきた時代同様に、現在もまた大きな波がやってきている。株主資本主義の台頭、ネットワーク経済によるビジネスのあり方の変化。あるいは、新興国企業が競争相手として浮上、資源インフレの加速、環境問題が経営の中心課題になる、などなど。

 こういった様々な大波の中を生きる現代のリーダーにとって、徳富蘇峰の批判を受けはしたが、彼ら「天保の老人」たちから変化の時代のリーダーシップについて学べることは多い。「天保の老人」たちの大部分に共通しているのは、最初、尊王攘夷派として積極的な活動を行っていたものが、次第に開国派にシフトしていったことだ。

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「変化の時代のリーダーシップ(1)
「情」から「理」へのシフト」の著者

御立 尚資

御立 尚資(みたち・たかし)

BCGシニア・パートナー

京都大学文学部卒。米ハーバード大学経営学修士。日本航空を経て現在に至る。事業戦略、グループ経営、M&Aなどの戦略策定・実行支援、経営人材育成、組織能力向上などのプロジェクトを手がける。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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