「工学離れ」に早く手を打たなければならない。
日本では、大学入学試験における工学部への志願者は、ピークの1992年度に延べ人数で62万人に達したが、その後急速に減少し、2007年度は6割減の27万人に落ちた。企業の人員削減の悪影響があるとされる。1990年代の不況の中で、大学の教育現場は荒廃。学生が集まらない旧来の学科の多くが消滅して、カタカナと漢字交じりの新しい学科へと再編された。
若者がモノ作りの現場に入ってこず、教育現場も力を削がれている。日本の製造業の担い手不足は、日本メーカーの国際競争力の減退に直結する問題と言える。
日経ビジネス誌8月18日号特集「さらば工学部 6・3・3・4年制を突き破れ」の連動インタビューシリーズの第1回では、2001年から始まった第2期科学技術基本計画の策定に携わった、東レの前田勝之助名誉会長に、危機意識と課題解決のためになすべきことを聞いた。
前田勝之助(まえだ・かつのすけ)氏
東レ名誉会長
1931年2月福岡県生まれ、77歳。56年京都大学大学院工学研究科修士課程修了後、東洋レーヨン(現東レ)に入社。主に技術畑を歩み、愛媛工場長などを務めた。85年に取締役、86年から常務を経て、87年に社長に就任。97年から会長。2002年に最高経営責任者(CEO)復帰。2004年から名誉会長。総合科学技術会議の発足時に議員となり、第2期科学技術基本計画の策定に深くかかわった
写真:長谷亨
第2次科学技術基本計画を策定した2001年に私は、「ナノ、バイオ、情報、環境」といった先端研究の強化を進めるべきだと提言しました。従来、日本には重点領域さえなかったのですから、先進国に太刀打ちするには重点領域を設定することが先決だったのです。
日本は人口に対して耕地面積が少なく、原油などの天然資源に恵まれません。2007年を見てみると、食料や原料、燃料を年間32兆円も輸入しています。日本はこうした原料を加工し輸出することで、貿易収支を約10兆円もの黒字にしてきたのです。
日本が貿易立国として国際競争力を保っていくためには、新たな産業を生み出していくことが大切であり、そのための優秀な人材を確保し続けることが欠かせません。かつては繊維産業が中心でしたが、今は電気製品や機械、自動車が中心になっています。これからも新たな製品を生み出していかねばなりません。
日本では生産拠点の海外移転が進みましたが、2000年以降、揺り戻しがありました。国内の製造業を強化していこうと、国全体が動き始めたのです。2001年度から2005年度の第2期科学技術基本計画では、重点分野を設けて、研究開発を促進しようと決めました。第3期でも引き続き、重点分野の強化が推し進められています。
競争的な資金の争奪戦が激しくなって、一部の研究機関に資金が集中したという批判はあるでしょう。資金はあればあるほど望ましいですから、足りないと不満が出ることは仕方がない面もあります。そうはいっても、国家プロジェクトで資金を投入したことで、日本が遅れている分野が伸びたことも事実です。日本は海外の先端研究に追いつけ追い越せでやってこられた。間違っていなかったと思います。
「先端研究強化」の次は、技術者の育成を
第2期科学技術基本計画の策定から8年が経って、状況は変わりました。最近、公的機関のトップが私のところに来て、こう言いました。「2年半後に、第4期科学技術基本計画が策定されます。次はどうすべきか」と。
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