「養老孟司×隈研吾 「ともだおれ」思想が日本を救う」

石油が支えた「郊外一戸建て」のアメリカンドリーム

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2008年9月1日(月)

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 環境問題に代表されるいまの社会のさまざまな課題は、「生き物」としての私たちが、合理性、均質化、分業による効率の追及に耐えきれなくなってきた、その現れなのではないか? 偏ったバランスを、カラダの方ににちょっと戻すためにはどうしたらいいのか。養老孟司氏と隈研吾氏が、次のパラダイムを求めてゆったりと語り合います。

――養老先生のご自宅に、隈さんをお招きしています。お二人は初対面ではない、とうかがっていますが。

隈 はい。でもちゃんとお話するのは初めてです。養老先生、いい色に日焼けしておられますね。

養老 僕はラオス焼けで。ラオスに3週間以上行っていたからね。去年からもう4回も行って。隈さんも焼けておられますね。

隈 僕はヴェネチア焼けです。ナポリの南のカバという町のショッピング・プラザの設計打ち合わせがあって、その後、ヴェネチアの家具屋さんで家具の打ち合わせをしてきたんです。

養老さん

養老 孟司(ようろう・たけし)

解剖学者/作家/昆虫研究家。1937年生まれ。62年東京大学医学部卒業後、解剖学教室へ。95年東京大学医学部教授を退官し、その後北里大学教授に。東京大学名誉教授。著書に『からだの見方』(筑摩書房、サントリー学芸賞)『唯脳論』(青土社)『人間科学』(筑摩書房)『バカの壁』(新潮社、毎日出版文化賞)『死の壁』(新潮社)など、専門の解剖学、科学哲学から社会時評、文芸時評までを手がける。本サイトにて「タケシくん虫日記」を連載中


隈研吾さん

隈 研吾(くま・けんご)

建築家。1954年生まれ。1979年に東京大学工学部建築学科大学院を修了、「1979年東京大学建築学科大学院修了。コロンビア大学客員研究員を経て、隈研吾建築都市設計事務所主宰。97年に日本建築学会賞を受賞(宮城県登米町伝統芸能継承館「森舞台」)。99年、慶應義塾大学環境情報学部特別招聘教授に就任。2001年、理工学部教授に就任。主な著書に『負ける建築』(岩波書店)、『隈研吾:レクチャー/ダイアローグ』(INAX出版)、今回のインタビュアー、清野由美との共著『新・都市論TOKYO』(集英社新書)がある


養老 ところで、ここに来る途中、猫、見ました?

隈 猫には会わなかったです。

養老 そうですか。どこに行ったんだろう。さっきまでふてくされて、そこに(養老宅の居間)いたんですけどね。

隈 先生のお宅はすごいロケーションにありますね。お寺がある山の裾野。石畳の細い坂道に、きれいな水が流れていて、森の緑が濃くて空気もきれい。駅からそれほど遠くないところに、こんな桃源郷があるなんて。鎌倉は友達が何人か住んでいるんですけど、こんないいロケーションに住んでいるやつはいなくて、びっくりしました。

養老 ここは鎌倉の典型的な谷戸なんですね。昔は梅ヶ谷といいました。僕は昔、鎌倉の駅前に住んでいたんだけど、子供のころは、この辺でもよく遊んでいましたよ。

隈 こちらにはいつからお住まいなんですか。

養老 25年前から。ここは市街化調整地域で、隣に家がないんですよ。隣はお墓で、裏は国有地の崖で、前が道路で、法務局に行くとこの道路はありませんよ。

隈 建築基準法上は、建築が建てられないはずですね。

養老 そうです。既得権ですので。家も、もともとおばあちゃんが1人住んでいた小屋で。

隈 そういう、本来、物を建てちゃいけないところが一番、恵まれているんですよ。法規制の一番賢いところって何かというと、法規制の外側が一番守られているという部分なんです。


(写真:大槻 純一)

養老 隈さん、竹村って知らないかな。旧・建設省で河川局長をやっていた。

隈 竹村公太郎さんですか。

養老 そう。

隈 僕にとっては栄光(注・栄光学園=二人の出身校)の先輩ですが。竹村さんは先生より何歳ぐらい下ですか。

養老 隈さんと私のちょうど間ぐらいだね。以前、福井で虫捕りをしていたときに、日野川の堤防の中にいっぱい田んぼと畑があったんですよ。あんなところに田んぼを作っているのは違反じゃないのかねって、その竹村に聞いたら、いや、あれは国が悪いんです、ということで。もともと人の畑があった外側に堤防を作ったんだって。

隈 ああ、逆に。

養老 民が田んぼを勝手に作っているわけじゃなくて、国が堤防を勝手に作ったんですよ。

隈 僕らの仕事も面白い建物を建てられるのは、そういう既得権でしか物が建たないような、変な場所の方なんです。阿武隈川の川沿いにそば屋を作っているときも、そうでした。そのそば屋は自分の縁側から一級河川の川に飛び込めるところなんですよ。そんなこと、今の法律だったら、絶対に許されないことでしょう。でも、堤防の内側にもともとあった小屋をきれいにして、それをそば屋に変えたら、そば屋から川に飛び込める。そういう物件の持ち主から声が掛かるのが、やった! と一番思うときですね。

養老 建築ってロケーションが大事でしょう。

隈 それで8割ぐらい決まります。建築家がやれることなんか限られているんです。ロケーションが恵まれていたら、もうだいたい勝ったも同然です。だめな建築家が素晴らしい与条件をめちゃめちゃにすることは山ほどあるけど、プラスにできる幅はちょっとしかない。

養老 今だと、建築の話って場所と切り離されて語られがち。有機的関連がないでしょう。

隈 20世紀の建築が全部、都市化の名の下で切り離すのがテーマでしたから。コルビュジェなんていう20世紀最高といわれている建築家も、ピロティという細い柱で建築を建てて、土と建物を離した。自然との不自然なやり方で、彼は世界的に有名になったんです。

 彼の代表作といわれているサヴォア邸は、パリの郊外にあるのですが、立地はもともときれいな緑に囲まれている美しい場所なんです。そこに、わざわざピロティで浮かせる建物を作って、屋上庭園を作って、自然と一体に住むとか称している。

養老 だってすでに庭園はあるんでしょう。

隈 そうです。周りの緑の方がよっぽど感じいいのに、コルビュジェは、そこは湿度が高くて、庭園を上に上げた方がいいとか理屈を言いまして。でも、行けばウソだということがよく分かるんですよ(笑)。

――コルビュジェはどうして、そういう理屈をひねくり出さなきゃいけなかったんですか。

隈 その理屈の方が世界のどこでも通用したから。だってピロティにして、大地から建築を切り離せば、どんな環境の中だって一応、同じような均質な建築空間は作れるでしょう。そのやり方は、インドでもアメリカでもどこでもいけることを彼は見抜いていて、そういう意味ではマーケティングの天才ですし、それで有名になったんです。

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著者プロフィール

清野 由美(きよの・ゆみ)

ジャーナリスト。
1960年生まれ。82年東京女子大学卒業後、草思社編集部勤務、英国留学を経て、トレンド情報誌創刊に参加。「世界を股にかけた地を這う取材」の経験を積み、91年にフリーランスに転じる。国内外の都市開発、デザイン、トレンド、ライフスタイルを取材する一方で、時代の先端を行く各界の人物記事に力を注ぐ。『アエラ』『朝日新聞』『日本経済新聞』『日経ベンチャー(現・日経トップリーダー)』などで執筆。著書に『セーラが町にやってきた』(プレジデント社/日経ビジネス人文庫)、『ほんものの日本人』(弊社刊)、『新・都市論TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(集英社新書・隈研吾氏と共著)『「オトコらしくない」から、うまくいく』(佐藤悦子氏と共著・日本経済新聞出版社)など。



このコラムについて

養老孟司×隈研吾 「ともだおれ」思想が日本を救う

 環境問題に代表されるいまの社会のさまざまな課題は、「生き物」としての私たちが、合理性、均質化、分業による効率の追求に耐えきれなくなってきた、その表れなのではないか? 偏ったバランスを、カラダの方ににちょっと戻すためにはどうしたらいいのか。
 現代人は「脳化社会」の中に生きていると喝破した養老孟司氏と、ヒトの毎日の環境である住宅、都市の設計を行う建築家の隈研吾氏が、次のパラダイムを求めてゆったりと語り合います。

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