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「溶接の総本山・阪大の異変」
~さらば工学部(5)

大阪大学接合科学研究所・野城清所長に聞く

  • 星 良孝

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2008年8月22日(金)

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 業績が低迷した産業は、学生にとって魅力的に映らず、優秀な人材は入っていかない。長引く不況の中で、工学生は斜陽産業との関連が深い“不況学科”を選ばなくなった。不人気学科はやむを得ず、学科名を変えて生き延びる。半面、日本に本来なくてはならない学問の火が1つまた1つと消えていく。

 日本が連綿と守り続けてきた溶接工学の火も消えつつある。日経ビジネス誌8月18日号特集「さらば工学部 6・3・3・4年制を突き破れ」の連動インタビューシリーズの第5回では、溶接工学の総本山・大阪大学の異変に危機感を募らせる大阪大学接合科学研究所の野城清所長から、工学教育の現場の危機を聞いた。

野城清(のぎ・きよし)氏

野城清(のぎ・きよし)氏
大阪大学接合科学研究所長
1945年9月大阪府生まれ、62歳。73年に大阪大学大学院工学研究科冶金学専攻博士課程単位取得退学後、阪大工学部冶金学科助手に就任。90年に材料開発工学科助教授を経て、91年阪大溶接工学研究所(現接合科学研究所)助教授、95年同教授。2001年ホソカワミクロン取締役就任。2004年から接合科学研究所長

写真:山田哲也

 かつて全国の大学は、どこも溶接を専門とする講座を有していました。放電により金属を溶かしてつなぐ「アーク溶接」は代表的な技術であり、どの大学でも専門とする教授はいたものです。中でも、大阪大学で1972年に発足した溶接工学研究所(現在の接合科学研究所)は日本で唯一の溶接の研究所として日本の溶接工学を支えてきました。

溶接は成熟した技術に見られがちですが、実はまだまだ解決しなければならない問題が残っています。実際、何かあった時に、モノの破壊が起きるのは、今でも溶接部分である場合がほとんどなのです。部材そのものよりも、どうしても弱い。阪神淡路大震災でビルが破壊されましたが、それも多くは溶接部分に起因するものです。

 日本の粗鋼生産高は年間1億2000万トン。鉄というのは溶接せずに利用することはほとんどありません。周りを見渡すと、溶接しなくても済むのは金尺くらいでしょうか。

しかし、鉄鋼企業や造船企業などの業績低迷によって、日本では溶接技術者は必要とされなくなっていきました。需要の縮小に伴って、日本から溶接工学を扱う学科は1つまた1つと消えていったのです。

 数少ない溶接工学の研究・教育機関となった阪大でさえも、溶接工学をきちんと教えられる人がいなくなりつつあります。私はここに危機感を募らせています。

転機は学生からの不人気

 金属工学で有力とされた阪大や東北大学の強みは、基礎学問の厚みの大きさでした。ところが、その基礎の部分が弱くなりつつあります。1987年に、溶接工学科が生産加工工学科に変わった段階で、8つあった講座はすべて溶接を研究していました。ですが、今や大きく変容しています。

 学科の名称を変更したきっかけは、学生が受験してこなくなったからです。溶接工学科も元々は冶金学科から生まれました。最近では、工学部の学科の名前を変える動きは珍しくなくなりましたが、金属工学の分野はそのはしりでしょう。

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