「伊東 乾の「常識の源流探訪」」

政権投げ出しのインテリジェンス

「福田退陣」の情報経済分析

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2008年9月5日(金)

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 この連載は毎週そうなのですが、今週月曜の夜も、数時間後にリリースが迫った「常識の源流探訪」の校正を編集部とメールでやり取りをしていました。並行して夜10時過ぎから御茶ノ水で角川書店のKさんと打ち合わせを始めると「福田首相退陣だそうですよ」とのこと。

 おや、と思っていると、今度は編集部の飯村さんから「退陣シフトで掲載を1日遅らせましょう」とのメールが来ました。そこで前回のイントロに福田退陣の話を少し書いたところ、編集部内外から「いま退陣関連で各方面に依頼しているのだけれど、こっちの話題で今週もう1本書かないか」とリクエストを頂きました。昨日出ていた御厨貴さんの「小泉改革が“ぶっ壊した”強靭な首相」など、今週の日経ビジネス オンラインはいろいろな角度から「福田退陣」を斬る記事が並んでいます。

 ということで、予定を変更して私も、他の皆さんと少し違う角度から「政権投げ出し」のもつ効果について考えてみたいと思います。

 新聞やウエブには「無責任」「政策の継続性は?」といった国民からの非難の言葉が並びますが、福田さんは本当に単に「無責任」だけで政権を投げ出したのでしょうか? 白黒のつかな い問いかもしれません。私も当初はびっくりしました。でも改めて考えてみれば、9月に突然首相辞任というのは去年もあったこと。ひょっとすると「年中行事」かもしれません。なんと言っても日本政治の出来事です。御厨さんの記事にもあるように「麻生禅譲」を筆頭に、背後に無数のメカニズムあっての行動と思います。

「リセット効果」で選挙に勝つ

 新聞報道にもあるように、すぐ思い浮かぶのは総選挙対策でしょう。「選挙は福田さんで戦いたかった」と民主党議員も言っています。支持率が落ちるところまで落ちた福田内閣では選挙は戦えない。わざわざ不利な神輿をかついで「国民に信を問う」のは、政権維持の観点からはどう考えても得策ではない。

 さて、今のタイミングで福田さんが辞意を表明すれば、マスコミは「麻生」「谷垣」「いや小池」などと自民党総裁選の情報一色となって、野党は霞んでしまうでしょう。

 「情報周知」という観点で考えるなら、実は自民党総裁選自身が総選挙への地ならしにもなる。政権の「リセット」は支持率上昇への緊急脱出ボタンのような役割を持っています。そうやって「国民的に人気の高い麻生さん」など「リセットしたての神輿」で支持率を上げてから、選挙に打って出る方が、政権与党側として有利なのは言うまでもない。

 もし「行政府の長」として福田さんの挙動を見るなら、政策や公約に対して責任を果たしていないように見えるのは当然です。しかし政治の力学論理で考えれば「別の責任」は果たしているのかもしれない。戦略参謀の観点に立って「辞任」「総裁選」「解散・総選挙」など、すべてを国民向けに投げる情報のカードとしてドライに扱って「冷静」に考えれば、与党サイドが政権維持に向けて、何が有効かはハッキリしています。

 問題はこの種の「論理」が国民不在のパワーゲームに終始することでしょう。実体のある政策は後手でも、選挙の票読みなどで「民意」の情報コントロールは念頭に置いている。そういう意味で「政権の投げ出し」には相応のインテリジェンスが存在しているはずです。奥深い政治の世界は私のような素人にはうかがい知れず、想像を超えたメカニズムも存在しているのかもしれません。

 しかし内幕のいかんによらず、もし政権が自己の勢力維持だけに汲々とするならば、その弊害は予想を超えて多方面に波及する危険性が高い。これは断言して構わないと思うのです。これを経済の指標について、情報の観点からもう少し考えてみたいと思います。といっても、結論は明確なものですが、途中の議論は、為替も株も素人の私が、物理時代に慣れ親しんだデータ処理と原則的な ロジックだけで、急いでスケッチした生硬な議論です。30代はこんな具合で、短時間で政策の下書きをいろいろやらさせられました。早いのと、ゼロからきっちり結論が導けるのが売りではありましたが、初期段階では脇に穴が開いていることも少なくありません。今回は緊急掲載が趣旨のひとつになっていますので、不足のご指摘を含め、読者の皆さんにご教示、ご議論いただければ幸いです。

内閣支持率と平均株価

 多くの「日経ビジネス オンライン」読者の皆さんは、9月2日付の大豆生田崇志さんの「首相は無責任」の再現、その根源は?」をご覧になったかと思います。

 この記事には、福田首相の就任以来の内閣支持率と日経平均株価の推移がグラフで示されています。ご覧いただければ分かる通り、サミットなどでの一時回復を除いて、まずもって福田内閣の支持率は単調に減少し続け、それと軌を一にするように日経平均の月間終値も下がってゆきます。

 記事(および読者コメント)には、このグラフをあからさまに扱う内容は出ていませんでしたので、まずここからスタートしてみましょう。

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著者プロフィール

伊東 乾(いとう・けん)

伊東 乾

1965年生まれ。作曲家=指揮者。ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督。東京大学大学院物理学専攻修士課程、同総合文化研究科博士課程修了。松村禎三、レナード・バーンスタイン、ピエール・ブーレーズらに学ぶ。2000年より東京大学大学院情報学環助教授(作曲=指揮・情報詩学研究室)、2007年より同准教授。東京藝術大学、慶応義塾大学SFC研究所などでも後進の指導に当たる。基礎研究と演奏創作、教育を横断するプロジェクトを推進。『さよなら、サイレント・ネイビー』(集英社)で物理学科時代の同級生でありオウムのサリン散布実行犯となった豊田亨の入信や死刑求刑にいたる過程を克明に描き、第4回開高健ノンフィクション賞受賞。科学技術政策や教育、倫理の問題にも深い関心を寄せる。他の著書に『表象のディスクール』(東大出版会)『知識・構造化ミッション』(日経BP)『反骨のコツ』(朝日新聞出版)『日本にノーベル賞が来る理由』(朝日新聞出版)など。



このコラムについて

伊東 乾の「常識の源流探訪」

私たちが常識として受け入れていること。その常識はなぜ生まれたのか、生まれる必然があったのかを、ほとんどの人は考えたことがないに違いない。しかし、そのルーツには意外な真実が隠れていることが多い。著名な音楽家として、また東京大学の准教授として世界中に知己の多い伊東乾氏が、その人脈によって得られた価値ある情報を基に、常識の源流を解き明かす。

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