「養老孟司×隈研吾 「ともだおれ」思想が日本を救う」

命がけのリスクは「ともだおれ」だけが背負える

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2008年9月22日(月)

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前回“サラリーマン化社会の限界”から話題は続く)

隈 マンションでも、サラリーマン的なロジックが煮詰まってやっているから、ビニールクロスを使わないと建物が成立しなくなっているんです。どうしてかというと、(壁に塗る)ペンキって必ず“割れる”から。

 少しでもクラックが入っていると、「何か手抜き工事をしたからじゃないか」と大クレームになる。ほら、クラックが1本入っている、これ、地震が来たときに壊れるんじゃないか、とクレームを言われたら、そのことに対して売主側は抗弁できないわけですね。

養老 だって、それは表面のペンキにひびが入っているだけでしょう。

 そうなんです。でも、「いや、ペンキが割れているだけですよ」と言っても、実はその奥にもっとひどいひびがあるんじゃないか、だったら、内部まで割れていないと証明できるか、となる。そう言われたら、後はビルを壊して見せるぐらいしかない。建築というものは全部が見通せない大きくて複雑なものでしょう。いったん誰かが疑い始めたら、それに対する説明、抗弁のしようがないんです。

養老さん

養老 孟司(ようろう・たけし)

解剖学者/作家/昆虫研究家。1937年生まれ。62年東京大学医学部卒業後、解剖学教室へ。95年東京大学医学部教授を退官し、その後北里大学教授に。東京大学名誉教授。著書に『からだの見方』(筑摩書房、サントリー学芸賞)『唯脳論』(青土社)『人間科学』(筑摩書房)『バカの壁』(新潮社、毎日出版文化賞)『死の壁』(新潮社)など、専門の解剖学、科学哲学から社会時評、文芸時評までを手がける。本サイトにて「タケシくん虫日記」を連載中


隈研吾さん

隈 研吾(くま・けんご)

建築家。1954年生まれ。1979年に東京大学工学部建築学科大学院を修了、「1979年東京大学建築学科大学院修了。コロンビア大学客員研究員を経て、隈研吾建築都市設計事務所主宰。97年に日本建築学会賞を受賞(宮城県登米町伝統芸能継承館「森舞台」)。99年、慶應義塾大学環境情報学部特別招聘教授に就任。2001年、理工学部教授に就任。主な著書に『負ける建築』(岩波書店)、『隈研吾:レクチャー/ダイアローグ』(INAX出版)、今回のインタビュアー、清野由美との共著『新・都市論TOKYO』(集英社新書)がある


養老 異常だね。

 もう、すべてがそういうふうになっています。例えば壁の下には幅木()がありますよね。幅木と床の隙間が3ミリだったり、1ミリだったりしたら、それも「欠陥建築だから建物を壊せ」みたいなクレームになるんですよ。

※ 幅木:はばき 住宅用語で、床と壁の接する個所に取り付ける、壁の損傷を避け隙間を隠すための木材のこと

養老 どうするんですか。

 そうすると、あらかじめ想定したクレームに追従するような幅木しかできなくなります。寸法が微妙に調整できて、床の不陸(注・デコボコがある状態)が調整できるような幅木しか許容されない。しかも、その下の隙間は名刺1枚という基準があったりする。隙間に名刺が2枚入ってもだめだし、名刺が入らなくてもだめ。検査のときは、マンション会社の人が名刺を持って、一所懸命ぴっぴっぴっ、と隙間に差してやっているんですよ。

養老 へえ、ばかみたいだね。

 サラリーマン的社会が行き着くと、結局そういうふうになっちゃう。アメリカの家を真似るなら真似るでいいのですが、そもそもアメリカの家って、ペンキ塗りの壁が多い。でもペンキはクラックが入りやすいから、それは日本ではできない。マンションをチェックしてみてください。どんどんビニールクロスばかりになっていますよ。

養老 そうなるかね。

 サラリーマンとしてみたら、お客からのクレームで手直しの工事が発生して赤字を出したり、ひびひとつで訴えられたりしたら最悪ですから。


(写真:大槻 純一)

養老 お客も作り手も、両方ともサラリーマンということだね。両方とも均質化している。

 そうなんです。お客の方も家を買うときは、自分の一生分の住宅ローンなんだから、という気持ちでしょう。そうやって買った家にひびが少し入っていたら、それだけで「俺の人生を返してくれ」になるんですね。

藤森照信さんの家

※ 自然と建築との合体化を試み、「ニラハウス」「タンポポハウス」といった家を手がけている。ちなみに養老孟司さんの箱根の別荘兼昆虫研究所、通称「バカの壁」ハウス(写真)も、藤森さんの設計による

養老 サラリーマンだと藤森照信さんの家()は住めないですね。値段じゃないですよ。あんなめちゃくちゃな家は住めないということ。自分のとこの子供が、お前の家の屋根にはタンポポが生えてるって、いじめられると言っていた(笑)。

 僕の経験からいうと、施主って最初は、建築家のアイディアに、「ああ、いいですね」と言ってくれるんです。でも、実際に家ができあがって住み始めたりすると、やっぱりこれはあまりにも建築家の言うことを聞き過ぎてしまった、ということに気付いて、あるときを境に人間関係が豹変しちゃったりすることもあるんです(笑)。

養老 じゃあ、ビニールクロスを張る気持ちも分からないでもないですか。

 分からなくもない(笑)。建築とは、やはりリスクの大きい買い物でしょう。まあ、要は、その巨大なリスクの全貌を分かって、それでもやるかどうか、です。

養老 それは医者を選ぶことと実は同じなんですよ。

 すごく、似ていますね。

養老 何てったって命懸けだからね。医者選びで一番正しい態度は、医者と「ともだおれ」することだよね。

――そんな。

養老 いや、そうなんです。任せるときは任せる。今の人はそれがないね。信用ってそのことなんですけどね。

 任せられれば相手も結局は悪いようにしないんだよ。その場合、マイナスのことは起こってもしょうがない。壁にはクラックぐらい入るよ。夫婦げんかして茶碗を投げたって、ひびは入るんだから。

 本当に向こうがともだおれする気持ちになって信頼してくれれば、こっちだって悪いことは絶対にできないです。

 建築も場合によってはすごく長い付き合いになります。で、20年たったときに、施主と口もきかなくていい、なんて建築家は思いませんよ。僕は絶対にそうは思えないタイプです。10年後も20年後も仲良くいたい。そういう気持ちにお互いを持っていくということが、ある意味、建築家の技みたいなところもあります。

 建築家だってデザインだけできればいいわけじゃなくて、ともだおれ関係に相手を持っていけるかどうかが、実は互いにとって大事なことなんですね。それに、そうしないと実際にはいい建築なんかできません。

養老 ここで言っている「サラリーマン」性というのは、それを否定するんだよ。

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著者プロフィール

清野 由美(きよの・ゆみ)

ジャーナリスト。
1960年生まれ。82年東京女子大学卒業後、草思社編集部勤務、英国留学を経て、トレンド情報誌創刊に参加。「世界を股にかけた地を這う取材」の経験を積み、91年にフリーランスに転じる。国内外の都市開発、デザイン、トレンド、ライフスタイルを取材する一方で、時代の先端を行く各界の人物記事に力を注ぐ。『アエラ』『朝日新聞』『日本経済新聞』『日経ベンチャー(現・日経トップリーダー)』などで執筆。著書に『セーラが町にやってきた』(プレジデント社/日経ビジネス人文庫)、『ほんものの日本人』(弊社刊)、『新・都市論TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(集英社新書・隈研吾氏と共著)『「オトコらしくない」から、うまくいく』(佐藤悦子氏と共著・日本経済新聞出版社)など。



このコラムについて

養老孟司×隈研吾 「ともだおれ」思想が日本を救う

 環境問題に代表されるいまの社会のさまざまな課題は、「生き物」としての私たちが、合理性、均質化、分業による効率の追求に耐えきれなくなってきた、その表れなのではないか? 偏ったバランスを、カラダの方ににちょっと戻すためにはどうしたらいいのか。
 現代人は「脳化社会」の中に生きていると喝破した養老孟司氏と、ヒトの毎日の環境である住宅、都市の設計を行う建築家の隈研吾氏が、次のパラダイムを求めてゆったりと語り合います。

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