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トヨタ自動車 「瀬戸際から世界一へ」 第4回

先んずべし トヨタ、「世界最強」への格闘

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2008年10月9日(木)

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 日経ビジネスは2009年10月に創刊40周年を迎えます。この欄ではそのカウントダウン企画として、過去の記事の中から、現在にも通じる企業戦略を選び、毎日掲載していきます。第1回はトヨタ自動車。トヨタ編は5話完結です。

 GMを抜いて生産台数で世界一の自動車メーカーとなったトヨタ自動車。米国勢が経営不振に苦しむ中で、2008年3月期の営業利益は2兆2700億円に達して、その凄さを見せつけた。だが、時計の針をわずか10年ほど前に戻すと、その光景は一変する。トヨタは国内営業の不振に悩み、豊田家出身の豊田達郎社長は不運にも病で途中引退を余儀なくされた。 さらに日米自動車摩擦で、米国での販売に暗雲も立ち込める。

 新たに経営の舵を取ったのは奥田碩社長。「国内販売40%のシェアを死守せよ」「トヨタはグローバルになる」と繰り返し唱え、経営改革へと踏み出す。バトンはその後張富士夫氏と渡辺捷昭氏に 引き継がれる。

第4回

 「21世紀の間にあいました」。こんな宣伝文句で登場したハイブリッド車「プリウス」。21世紀に入ると原油価格の高騰や環境問題意識への高まりから、エコカーは自動車会社の今後を決める重要商品になった。いち早く築いたエコカーの先駆者のイメージをトヨタはどう強めるのか。新商品や新技術の開発に注目が集まる。

* * *

敵は己にあり エコで世界を制す ―― ハイブリッド車

2007年4月16日号より

先んずべし とは

トヨタグループの創始者、豊田佐吉(1867~1930年)の遺訓としてまとめられた「豊田綱領」の一節。元本は「研究ト創造ニ心ヲ致シ 常ニ時流ニ先ンスヘシ」(研究開発に打ち込み、時流の先を行こうとの意)で、今でもトヨタの経営の核とされている。

(伊藤 暢人)

 松本真一。東京生まれで、少年時代からクルマ雑誌を読みふけり、ドイツ車に憧れてきた。今年の10月で50歳になるが、今でも「片足を自動車少年の心に突っ込んだまま仕事をしている」と大笑いする。

 実際に、松本はトヨタ自動車のハイブリッドシステム開発を統括する技術者として、多忙な日々を送っている。

 2002年、この部門に手を挙げて移った松本を魅了したのは「クラウン」を基にしたハイブリッド試作車。愛知県豊田市にある本社テストコースが狭く感じられるほどの出来だった。

 そのハンドルを握った松本はカーブを時速40kmで抜けると、一気にアクセルを踏み込んだ。銀色のクラウンは、ポーンと爆発するような勢いで飛び出すと、まるで飛行機が離陸するかのように加速していく。メーターの針が時速100kmまで跳ね上がると、700mほどの直線は終わり、次のカーブが目の前に飛び込んできた。

 松本は息が詰まった。内臓がよじれるほどの加速に鳥肌が立ち、背筋がぞくぞくした。「これで日本はドイツ勢と互角に戦える」と確信した。

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