「伊東 乾の「常識の源流探訪」」

オバマ大統領の真珠湾

筑紫さんとの約束と「瞼の母」

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2008年11月11日(火)

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 11月7日、筑紫哲也さんが亡くなられました。まず何よりも、心からご冥福をお祈りしたいと思います。

 読者の皆さんには、国民的に知られたテレビ・キャスターの筑紫さんに様々なご異見もあったと思います。私もいろいろ食い違う意見がありました。でもオバマ当選について僕が一番議論したかったのは筑紫さんです。歴史的な大統領選挙と入れ違いのように筑紫さんはいってしまいました。

 「アメリカの良心」と呼ばれたCBSイブニングニュースのウォルター・クロンカイトを尊敬していた筑紫さんの病室に、オバマ当選の報はどのように届いたのでしょうか?

 実はこの「常識の源流探訪」連載は筑紫さんと深い繋がりがあります。追悼の気持ちを込めて、今回はここからお話を始めたいと思います。

このコラムを始めたきっかけ

 筑紫さんと最初にお目にかかったのは2006年11月、今から2年前で、そんなに古いことではありません。お話ししたのも結局数回でした。ただ、とても大切なご縁でした。「開高健ノンフィクション賞」で強力に私を推薦されたお一人が筑紫さんだったのです。これがなければこのコラムはあり得ませんでした。

 賞が決まった直後、担当編集者から見せてもらった「ちくしよう」(筑紫用=畜生!)と印刷された個人原稿用紙。書かれた激励の言葉、何より勇気づけられました。

 朝日新聞本紙から、伝説の雑誌「朝日ジャーナル」編集長を経て、テレビに転身した筑紫さんは、活字と動画メディアによる情報伝達の違いを肌で知る報道人として、関連の問題に深い関心を寄せていました。開高賞を貰った仕事は、テレビなど音声動画メディアが簡単に人を操作できる脳科学を背景に、友人がオウム真理教にマインドコントロールされた経緯を記したものです。最初にお目にかかった時も、筑紫さんは自分が朝日ジャーナルでプロモートした「新人類」世代が本当に収穫期に入ったのを感じる、いい仕事をたくさんしてくださいと励まされました。

 ご存じかと思いますが、今2008年末、日本から「総合月刊誌」というメディアがほとんどなくなろうとしています。「月刊現代」から「PLAYBOY日本版」「論座」まで様々な雑誌が休刊に追い込まれ、活字メディアは危機、あるいは大きな変質を迫られています。

 2年前私が賞を貰った時も既に雑誌は状況が悪く、以前ならすぐにあった「受賞後のノンフィクション連載」が開始できず、筑紫さんには大変に心配していただきました。結局半年して紙媒体より先に「ウェブ連載」が決まったのが新潮社の連載と、川嶋諭・前編集長からお話を頂いた日経BP、つまりこの連載だったのです。

「このくにの姿」

 去年の5月の連休明け、筑紫さんは新刊『このくにの姿』(集英社)を出版するに当たって、PR対談の相手に僕を指名されました。とてもびっくりしましたが、送られてきたゲラ刷りを見て納得が行きました。本はテレビでオンエアできなかった部分を含め、中曽根康弘、渡邉恒雄といった面々から宮崎駿監督まで、ジャンルを問わない様々な人々との会話を活字にしたものだったのです。以前筑紫さんが「こういう話をしたいね」と言っていた話題でした。

 5月11日、しばらくぶりにお目にかかって、やっと日経の連載が決まりましたと報告すると、100点満点みたいな顔で心から喜ばれました。この日の話は集英社の雑誌「青春と読書」に載っていますが、当日は「待望の日経連載」の見通しについても相談に乗ってもらいました。

 ネット連載なのでメディアミックスを試みたいこと、2008年の北京五輪を目処にブロードバンドが整うので、活字と音声動画を行き来する仕事を立ち上げて、地上デジタル放送が定着するまでに複合メディアを見る健全な社会の目を養っていきたいこと、などなど。

 ただその時、大変に気になったのですが、何か筑紫さんが神様みたいだったのです。穏やかで、あんまりいい人で。あれどうかしたのかな、と思いました。お別れする時も目を細めて「あなたは本当にいいねえ。自由で。うらやましい。一切値引きしないで、いい仕事してくださいね」という、その言葉に本当に一切の嫌味がない。柔らかな手で握手され、分かりましたありがとうございます頑張ります、と、そこでは普通にお答えして別れました。

 週明けの月曜日、TBSの「NEWS23」で筑紫さんの「ガン告白」がありました。ヘビースモーカーの肺ガン、は僕の父と同じです。ショックも受けましたが、はっきり合点も行きました。

 1カ月後の6月22日、「常識の源流探訪」の第1回「なぜ『京都』なのか?」をアップロードし、翌週26日に筑紫さんの生前最後の本『対論・筑紫哲也 このくにの姿』が発行されました。

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著者プロフィール

伊東 乾(いとう・けん)

伊東 乾

1965年生まれ。作曲家=指揮者。ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督。東京大学大学院物理学専攻修士課程、同総合文化研究科博士課程修了。松村禎三、レナード・バーンスタイン、ピエール・ブーレーズらに学ぶ。2000年より東京大学大学院情報学環助教授(作曲=指揮・情報詩学研究室)、2007年より同准教授。東京藝術大学、慶応義塾大学SFC研究所などでも後進の指導に当たる。基礎研究と演奏創作、教育を横断するプロジェクトを推進。『さよなら、サイレント・ネイビー』(集英社)で物理学科時代の同級生でありオウムのサリン散布実行犯となった豊田亨の入信や死刑求刑にいたる過程を克明に描き、第4回開高健ノンフィクション賞受賞。科学技術政策や教育、倫理の問題にも深い関心を寄せる。他の著書に『表象のディスクール』(東大出版会)『知識・構造化ミッション』(日経BP)『反骨のコツ』(朝日新聞出版)『日本にノーベル賞が来る理由』(朝日新聞出版)など。



このコラムについて

伊東 乾の「常識の源流探訪」

私たちが常識として受け入れていること。その常識はなぜ生まれたのか、生まれる必然があったのかを、ほとんどの人は考えたことがないに違いない。しかし、そのルーツには意外な真実が隠れていることが多い。著名な音楽家として、また東京大学の准教授として世界中に知己の多い伊東乾氏が、その人脈によって得られた価値ある情報を基に、常識の源流を解き明かす。

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