米国史上最大の倒産となった9月15日の米リーマン・ブラザーズ経営破綻から2カ月。「リーマン・ショック」は米国だけでなく世界的な金融危機に発展し、今も世界経済を大きく揺さぶっている。変化に翻弄される日本企業は、復活の手がかりをどこに見出せばよいのか。「日本のリーディングカンパニーの経営には、復元力ある経営の実践哲学が埋め込まれている」と指摘する、一橋大学大学院の野中郁次郎名誉教授に現状打開の着眼点を聞いた。※「日経ビジネス」11月17日号特別企画「恐慌突破」も併せてお読みください。
(聞き手は日経ビジネス 田中 成省)
−− 日本企業を取り巻く環境が激変しています。世界的に株価、為替、原材料価格などが大きく動きました。政局の先行きも不透明で、消費マインドの低下も予想されます。

野中 郁次郎(のなか・いくじろう)氏
一橋大学大学院名誉教授
1935年5月東京都生まれ。58年早稲田大学政治経済学部を卒業、富士電機製造勤務ののち、カリフォルニア大学経営大学院(バークレー校)でPh.D取得。南山大学、防衛大学校、一橋大学、北陸先端科学技術大学院大学などを経て現職。現在富士通や三井物産、セブン&アイ・ホールディングスの取締役も務める。「失敗の本質」(ダイヤモンド社)、「知識創造企業」(東洋経済新報社)、「イノベーションの本質」(日経BP社)など著書多数(写真:清水 盟貴、以下同)。
野中 ここ数カ月間の変化は、海外を含めた「金融恐慌」とでも呼ぶべき変化です。こうした大きな変化に対する唯一最善の解は存在しません。企業がその都度、対処療法的に対応していくことは難しいし、その必要もないのだろうと思います。経営者には「ジタバタするな」と言いたいですね。
今は変動に一喜一憂するよりも、未来に軸足を置き、新しい経営モデルを生み出すための「生みの苦しみ」に耐える時期でしょう。
「自分たちの会社はどうありたいのか」「何を目的とする会社なのか」を改めて確認し、新しい経営モデルを生み出す。それは単なる理想主義ではなくて、筋肉質な経営です。しなやかで、したたかで復元力のある、「風に柳」のような経営です。経営の原点を振り返りながら、そのような新しい経営モデルを日本から発信していく好機だと捉えることも可能ではないかと思うのです。
−− 欧米ではなく、日本企業だからこそ発信できる経営モデルがあるということですか。
野中 「暴走する資本主義」の中で、米クリントン政権下で労働長官を務めたロバート・B・ライシュが、市場主義に対する興味深い批判を展開しました。企業そのものが批判の対象なのですが、実は企業だけではなく、人間の中にも二面性があると指摘しています。資本主義社会における(自己の利益追求を優先する)投資家・消費者としての側面と、民主主義における市民としての側面です。
投資家・消費者としては多くのリターンを得るように企業に圧力を加えている。その一方で我々は、市民として民主主義を守り、共同体の善を追求している。そんな二面性の中での葛藤があり、バランスを取るのに苦慮していると。本来、そのバランスは企業が取るのでしょうが、ライシュは企業のCSR(企業の社会的責任)にも懐疑的です。そこで、企業にステイツマンシップ(理想を追求する志とそれを実行する手腕)を備えた経営者が期待できなくなったとの前提で、最後は市民のバランス感覚の復活が必要だ、論じているわけです。ただ、日本の場合は事情が少し違う。
−− と言いますと?
野中 日本の経営や職業的な倫理観の中には、古くからある種のコモン・グッド(共通の善)を追求する意識が埋め込まれています。企業は社会的存在で、共通の善を追求する責務を負っている。そんな自覚を持ちながら、共通善の実現に向けて無限に努力する経営を脈々と錬磨してきたのではないか。それはかつて武士道、職人道、商人道と呼んでいたものです。「サムライ経営」と言うと表現は良くないですが…。
そのような共通善を追求する前提となるリーダーシップを「フロネシス(賢慮)」といいます。アリストテレスが提唱した、善の実現に向けた実践哲学です。「実践的知恵」と言い換えてもいいでしょう。例えば、日本を代表するエクセレントカンパニーの1社であるパナソニック(旧松下電器産業)に、フロネシスに基づいた経営を見ることができます。
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