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広島原爆効果測定係のノーベル賞受賞

川端康成が見た絶望の極北とは?

2008年12月5日(金)

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 インド西部の商都ムンバイで起きた同時多発テロ、タイでも反政府勢力によるスワンナプーム国際空港と国内線のドンムアン空港が占拠など、世界金融不安「後」の社会の混乱がアジアでも火を噴き出しつつあるのを感じます。国内の不穏な事件を見るにつけ、自暴自棄な「世直し」を待望するようなキナ臭い世情にならないよう、理性を保ち続けることの大切さを思わざるを得ません。

 前回、湯川博士のノーベル賞の件で非常に多くの読者にご反響を頂きました。お礼を申し上げます。正直申しまして、今学生たちの前で「湯川秀樹博士のノーベル賞は…」と話をすると「ああ、60年前の昔話か…」という顔をされることが少なくありません。そこで時事の話題などをマクラに置くことが多いのですが、今回は一連のノーベル賞の話題の中でも1つのポイントなので、散漫にならないようストレートにお話ししたいと思います。

国際政治バランスを考慮するノーベル賞

 毎年授与されるノーベル賞は、各種の政治バランスなども見ながら、年ごとに主催者が企画を立て運営しています。これは平和賞や文学賞に限らず、繰り返し述べているように自然科学も例外ではありません。ノーベル財団はほとんどこうした内容に触れませんが、前回のコラムで触れたように、常識的に「公正な選考」を考えても、それは必然的なのです。

 1949年に湯川秀樹博士がノーベル物理学賞を受賞した頃、米ソ両大国は水爆研究や宇宙開発にしのぎを削っていました。そして湯川以後10年の間、原爆開発の「マンハッタン計画」に関わった物理学者へのノーベル賞授与は見合わせられました。この間、米国に次いでソ連が水爆開発に成功し、さらに人工衛星「スプートニク」の打ち上げにいち早く成功して、核+ロケットのミサイル戦略で米国より優位に立ちます。

 米ソのバランスを読むようにしてノーベル財団は、最初の実践使用が可能な水爆開発成功の翌年、56年にニコライ・セミョーノフ博士にソヴィエト・ロシア科学者として最初の化学賞を授与します。英国のヒンシェルウッド博士と共同授賞の化学反応の基礎的業績でした。

 翌年「スプートニク」の打ち上げが成功すると、さらに翌58年にはチェレンコフ、フランク、タムのソビエト科学者3人がノーベル物理学賞を独占します。実はこの年、ソ連の反体制作家ボリス・パステルナークがイタリアで発行した『ドクトル・ジバゴ』でノーベル文学賞を授与されますが、当局によって辞退させられてしまいます。

 ソ連へのノーベル賞を見ると、核ミサイル開発で緊張を高めていた東西冷戦の最中、北欧のスウェーデンがいかに慎重にバランスを見ていたか手に取るように分かります。

 こうしてソ連の科学を国際的に高く顕彰したあと初めて、ノーベル財団は「広島・長崎」の技術開発に関与した物理学者にノーベル賞を出しました。

 湯川博士から10年目、エミリオ・セグレとオーウェン・チェンバレンは「反陽子の発見」の業績でノーベル物理学賞を受賞します。イタリア出身のセグレは「原子力の父」エンリコ・フェルミの最初の生徒でマンハッタン計画の主要なリーダーの1人でした。

「核」から考える学術のパワーバランス

 いまこの原稿は出張中のイタリア・パヴィア大学クレモナ校で書いていますが、1959(昭和34)年当時の日本の新聞を調べても、セグレ博士の受賞が国内でことさら問題とされた形跡が見られません。セグレ博士の業績は身近なイタリアの大学人誰もが知っており、博士の原爆への関与も北イタリアの知識層では常識とのことでした。一方、当時の日本は60年安保の直前で、国内は騒然としていた時期です。翌60年の6月には女性の東大生、樺美智子さんの死亡事件があり、10月には社会党の浅沼稲次郎委員長が暗殺されています。

 こんな状況の日本社会で、明らかに世論を刺激する「広島・長崎に落とされた原爆を開発した科学者へのノーベル賞授賞」は、市民にそれと分かる形では報道されなかった様子がうかがわれます。

 こんなふうに書くと、セグレ博士の受賞をただ非難しているように見えるかもしれません。しかし実は私自身、セグレ博士の名著『X線からクォークまで』(久保亮五他訳)という本と出合ったことが物理学を専攻するきっかけになりました。私はセグレ博士の本で南部陽一郎博士の名を知り、南部先生の『クォーク』で物理学者リチャード・ファインマンの教科書を知り、ファインマンのコースを読んで物理学を専攻することに決めた経緯があります。

 物理学者としてのセグレ教授にも、また科学史家の視点で核兵器の問題を冷静に見据えてきたセグレ博士個人にも、私は深い尊敬の念を持っています。しかしセグレ博士らへのノーベル賞の背景に、受賞業績である「反陽子の発見」などの功績と別に、当時の東西冷戦の政治状況を見ないわけにはいきません。 それとこれとは全く別の水準の話です。

コメント6件コメント/レビュー

このコラムに書かれているようなことは、至極当たり前の「史実」でしかないのに、なんと過敏反応する人の多いこと!不思議でしょうがない。もしかして日本は、わたしが思う以上に知的盲目であったのか?と不安になる。(2008/12/05)

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いただいたコメント

このコラムに書かれているようなことは、至極当たり前の「史実」でしかないのに、なんと過敏反応する人の多いこと!不思議でしょうがない。もしかして日本は、わたしが思う以上に知的盲目であったのか?と不安になる。(2008/12/05)

ノーベル賞がこのような形で決定、授与されているとは驚きの一言です。これが事実としたらなぜ今まで隠されてたのでしょうか?(2008/12/05)

ノーベル賞の背景を、知りえた情報と氏の解釈で細密に表現されているのはよく分かる。しかしどのような立脚点で述べているかが見えてこない。賞を与えるということはその業績を「讃える」ことであるが、氏はこれをどう認識しているのか?原爆投下≡ホロコーストとの認識であれば、当然このような文章にはならないはずだが、そのような解釈は私だけか?M.ショールズ氏がノーベル賞を授与された後、彼のLTCMが破綻したのは笑って済む。しかし、ホロコーストを作り出した者達への賞の授与は全く理解できない。金融工学の数学者や兵器製造に関わる科学者が、内に閉じこもってコツコツ自分の目指すことのみ関心を持ち、素材の不確かさや生み出した結果がどのように扱われるのか、入口と出口の向こう側を考えようともしない彼等の心に恐怖を感じる。原爆投下は地下鉄サリンをはるかに超える。伊東氏は科学者であるから認めたくないのだろう。しかし、きつい言い方になるが、源流を論じる前に人としてのあり方を見極めことが先ではないか?(2008/12/05)

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