「この国のゆくえ」

なぜ私は変節したか?

人間を幸せにする資本主義の模索を

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2009年1月26日(月)

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 「構造改革」の急先鋒として知られた三菱UFJリサーチ&コンサルティングの理事長、中谷巌氏。細川内閣や小渕内閣で規制緩和や市場開放を積極的に主張。市場原理の重要性を声高に説いた。小渕内閣の「経済戦略会議」における提言の一部は小泉政権の構造改革に継承されており、構造改革路線の生みの親とも言える存在だ。その中谷氏が昨年12月に上梓した著書が話題を集めている。

 タイトルは『資本主義はなぜ自壊したのか』。「構造改革」を謳い文句に登場した新自由主義の思想と、そのマーケット第一主義の結果として現出したグローバル資本主義(米国型金融資本主義)を批判した書である。所得格差の拡大、地球規模で進む環境破壊、グローバルで進む食品汚染、崩壊する社会の絆――。これらはグローバル資本主義という「悪魔のひき臼」がもたらした副産物であると説く。

 「政・財・官」の癒着に象徴される悪しき日本。それを変革するためには構造改革が不可欠だった。だが、米国を震源地とした金融危機は、小さな政府を目指す過程で削ぎ落としたものの重要性を浮き彫りにした。かつて米国型資本主義や市場原理主義を信奉した男は危機の今、何を考えているのか(聞き手は、日経ビジネス オンライン記者 篠原匡)。

 ―― 前書きには「自戒の念を込めて書かれた『懺悔の書』」とありました。中谷教授と言えば、米国型資本主義や市場原理主義の急先鋒というイメージが強い。どうして新自由主義やグローバル資本主義に疑問を持つようになったのでしょうか。

中谷巌

中谷巌(なかたに・いわお)
1942年大阪生まれ。65年一橋大学経済学部を卒業、日産自動車に勤務後、ハーバード大学に留学、73年に経済学博士号を取得した。その後、ハーバード大学研究員、大阪大学教授などを経て、一橋大学教授に就任。99年にはソニー取締役、2003年にはソニーの取締役会議長。細川内閣の「経済改革研究会」、小渕内閣の「経済戦略会議」では委員や議長代理を歴任した。現在は三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長、多摩大学教授、一橋大学名誉教授。
(写真:村田和聡、以下同)

 中谷 新自由主義的な発想が強烈に現れたのは1980年代初頭のレーガン政権やサッチャー政権でした。その後、21世紀になると日本にも浸透し、小泉政権の時に「小さな政府」を志向した構造改革路線が敷かれたのはご存じの通りでしょう。私はこの構造改革の必要性を否定しているつもりは全くありません。

 日本には談合などをはじめとした「政・官・財」の鉄のトライアングルが存在し、グローバルな競争という観点ではいろいろと問題があった。国民の税金や郵貯・簡保の資金が不必要な公共事業に垂れ流されていたのも事実でしょう。

 日本経済の活力を奪っていた既得権構造の打破は正しかったと思うし、今でも改革の余地はたくさん残っています。ただ、構造改革のバックボーンとなっている新自由主義は米国や英国で作られた思想。その思想を日本に持ってくる場合、メリットとデメリットがある。

 ―― どのようなデメリットがあるのでしょうか。

 中谷 欧米社会は基本的に階級社会であり、エリート社会。日本は、欧米に比べるとかなり平等主義でしょう。日本経済や企業を見ても、一部のエリートが引っ張ったのではなく、現場の普通の人が高い意識を持って頑張ったために強くなった。

 つまり、階級社会や平等社会という国の違いを無視して、階級社会的な発想の改革を進めすぎると、日本社会の強みだった一体感というものが損なわれてしまう。それが日本社会を毀損し、企業などの競争力を弱めてしまう。欧米的な価値観の下に進められる改革を少し修正し、日本社会の強さを損なわないような形に変えていかなければならない。そのことにだんだんと気づくようになった。

「米国的な改革をすればよくなるとナイーブに信じていた」

 僕は社会や文化の違いに対する思いが足りなかった。米国的な改革をすれば日本がよくなると、ある一時期はナイーブに信じていた。「懺悔」や「自戒」という言葉を使ったのは、それに対して忸怩(じくじ)たる思いがあったからです。

 ―― なぜナイーブに信じ込んでしまったのでしょう。

 中谷 1969年、27歳の時にサラリーマン生活に見切りをつけ、ハーバード大学に留学しました。その時の米国の印象は強烈でした。大学の教授陣はノーベル賞受賞者がずらり。同級生の頭の切れも素晴らしかった。授業についていくために、私は死にものぐるいで勉強しました。そうしてまじめに勉強すればするほど、米国近代経済学のロジックと緻密さに魅了されていきました。米国に「かぶれた」わけです。

 まあ、私が米国かぶれになったのは、その当時の米国の豊かさに直接触れたためでもありました。

 貧乏な留学生にとって、米国の物質的な豊かさと精神的な寛容さはまるでユートピア。米国で過ごすうちに、米国流の経済学が正しい、市場メカニズムが機能する社会になれば米国のように豊かになる、と考えるようになりました。本書で詳しく触れていますが、市場原理主義が豊かさをもたらしたわけではなかったのですが、当時はそれに気づかなかった。

グローバル資本主義の本質的な3つの欠陥

 ―― その新自由主義から派生したグローバル資本主義はどこに問題があるのでしょうか。

『資本主義はなぜ自壊したのか』(集英社インターナショナル)
1700円(税抜き)

 中谷 批判的に見つめていくと、グローバル資本主義の本質的な欠陥が見え始めた。まず、世界金融経済の大きな不安定要素になる。バブルの生成と崩壊はグローバル資本主義の内在的な機能になっています。

 次に、格差拡大を生み出し、健全な中流階級の喪失という社会の二極化を生み出してしまう。さらに、地球環境汚染を加速させる。今のような国境を越えて資金が自由に移動できるような世界がベストなのか。そのグローバル資本主義の基本哲学が正しいのか。改めて検証する必要があるでしょう。

 ―― 著書では69年に米国留学した頃を振り返って、「当時の米国は豊かで健全な中産階級がおり、それが社会の中核をなしていた。だが、その後のレーガノミクスで豊かな中産階級は失われていった」と述べています。新自由主義的な発想は中産階級を消滅させ、階級社会を作り出すものなのでしょうか。

 中谷 そうですね。新自由主義は簡単に言うと、能力がある者はどんどん富んでいったらいいという発想です。小さな政府にして所得再分配はあまりやらない。自己責任で、成果主義で、能力のある人は羽ばたけという世界ですからね。その結果として、所得は大きく変わります。米国の中産階級も多くは低所得者層に吸収されてしまいました。

 ―― 私自身もそうですが、「強い者をより強くすることで、社会の平均値が底上げされる」という考え方が小泉構造改革の頃には支配的でした。

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著者プロフィール

篠原 匡(しのはら・ただし)

昭和50年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、日経BP社に入社。以後、主に「日経ビジネス」の記者として活動している。趣味は競艇と出張、庭いじり。著書に『腹八分の資本主義』(新潮社)、『おまんのモノサシ持ちや』(日本経済新聞出版社)がある。



このコラムについて

この国のゆくえ

未曾有の金融危機を前に立ちつくす日本。私たちはどのような国や社会を構築すべきなのか。地方自治、農業、地域再興、政治システム、企業経営――。このコラムでは、ミクロの取材から識者のインタビューまで、あらゆる視点から日本のこれからを考えていく

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