「この国のゆくえ」

この国のゆくえ

2009年1月30日(金)

何もない町を変えた「鍋合戦」

「ないものねだり」はやめ「あるもの探し」で地域を元気に

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 止まらない高齢化、若者の流出、地方財政の崩壊――。地方経済を取り巻く環境は年々、厳しさを増している。金融危機による景気後退が現実のものとなっている今、地方の活力はさらに削がれていくだろう。疲弊の極みにある地域社会。明るい兆しは見えてこない。

 だが、ミクロに目を凝らせば、町の活力を取り戻す動きが現場レベルでは始まっている。その1つが、宮崎県の児湯(こゆ)郡で行われている「鍋合戦」。周辺5町が自慢の鍋を作り、その味を競う、というもの。自分たちの足元を見つめ直し、地域にあるものを再評価する過程で生まれたイベントだ。

 今でこそ1万人を集めるようになったが、観光客を呼ぼうと思って始めたわけではない。行政の経済的な支援を受けて始めたわけでもない。自分たちの町を元気にするにはどうすればいいか。住民が膝を詰めて話し合い、手弁当で始めたものである。

 多くの市町村は財源不足に苦しんでいる。疲弊した地域社会を活性化させるのも容易ではない。だが、待っていれば国がカネをくれるわけでも、町が活性化するわけでもない。児湯郡で始まった鍋合戦を見れば、地方再生に欠かせないものは何かが分かるはずだ。

 宮崎県の中部にある川南(かわみなみ)町。宮崎市から北に30キロメートルほどのところにある小さな地方都市だ。日向灘に面したこの町に、観光として見るべきものはあまりない。あるものといえば、緩やかな斜面に広がる茶畑と、豚舎や鶏舎、ビニールハウスぐらい。どこにでもある、穏やかな地方の農村地帯である。

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茶畑から見晴るかす太平洋(写真:宮嶋康彦)

 昨年11月、この小さな町を舞台にある合戦が行われた。それは鍋合戦。川南町、木城(きじょう)町、新富町、高鍋町、都農(つの)町。児湯郡を構成する5町による鍋対決だ。

1万人が駆けつけた平成の鍋合戦

 合戦の舞台となったのは川南町と高鍋町の境にあるルピナスパーク(住所は高鍋町)。合戦が開かれた11月16日、静かな町は1万人の観光客でにぎわった。宮崎市や西都市など児湯郡以外の観光客に加えて、遠く県外から駆けつけた人もいた。その多くの目当ては趣向を凝らしたご当地鍋。確かに、どの鍋も創意工夫に溢れていた。各町の鍋を紹介しよう。

●「10マイル鍋 秋引き」(川南町)・・・川南で獲れたハモを100%使用したつみれ、ミツボシガニとヨリエビのだんご、地鶏と豚肉、牛肉入りのつくね、川南産の野菜などを加えた寄せ鍋。ムカゴの食感がアクセント。味はミツボシガニで出汁を取った醤油ベース

●「やまくじら鍋」(木城町)・・・5町の中で唯一、海のない木城町。地元で「やまくじら」と呼ばれるイノシシを丸ごと一頭使ったイノシシ鍋で勝負した。当然、味噌仕立て

●「新富ちゃんこ ねばり腰」(新富町)・・・大相撲の陸奥部屋が同町で合宿をするため、この名前に。新富町特産のレンコンを混ぜた鶏つくね、すり下ろしたレンコンも汁に入っている。塩味のちゃんこ鍋

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秋の陣では、各町の担当者は自慢の鍋を振舞った(写真:高鍋商工会議所)

●「あっ!たか鍋 いいとこつくね〜」(高鍋町)・・・高鍋町産の地鶏のつくねと冬キャベツを使った醤油ベースの鍋。ダジャレが隠し味。高鍋町特産のカキが2つトッピングされているのがポイント

●「都農ワイン山太郎ほろ酔い鍋」(都農町)・・・地元で獲れた山太郎ガニ(モクズガニ)を味噌で煮込んだ鍋。山太郎ガニは特産のワインに一晩、生きたままつけ込む。カニとワインの風味が豊かな一品

 「合戦」と銘打つだけあって、5町の代表者は戦国武将よろしく鎧兜に身を包んでいた。ただし、鎧は段ボール製。胴の下に垂れた草摺(くさずり)はビニール紐を縫いつけて雰囲気を出した。兜もよく見ると、麦わら帽子を改造したもの。地元の保育園の先生に作ってもらったという。それでも、遠目には立派な戦国武将に見える。

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鍋合戦 川南方(写真:宮嶋康彦)

 合戦の雌雄を決するのは5つの鍋を食べた客の1票だ。5杯で1000円。それぞれが開発した鍋を一般客が食べ比べ、一番おいしかったと思う鍋に票を入れる。そして、最も票を集めた町には、勝者の証しとして「トロフィー」ならぬ「鍋フィー」が与えられる。台に鍋をつけただけの鍋フィーだが、関係者には何にも勝る戦果である。

 この日に向けて、5町の関係者は寝食を忘れて鍋作りに没頭した。「頭を抱えて眠れん日もありましたよ」。川南町にある日本料理「赤坂」の女将、和田直子さんは笑いながら振り返る。和田さんは川南町の「10マイル鍋」の開発を主導した人。営業時間後、厨房にこもって試作に試作を重ねた。たかが鍋、されど鍋。それぞれの町の関係者は真剣そのものである。

役場職員の「あるもの探し」から始まった

 実は、今回の鍋合戦は秋の陣。第1回の春の陣は2008年4月に川南町と高鍋町の間で交わされている。この時は、川南町が勝ち名乗りを上げた。だが、勝利に酔いしれたのもつかの間、児湯郡は群雄割拠の戦国時代に突入。木城町、新富町、都農町が自慢の鍋をひっさげて参戦してきた。そして、火蓋を切った秋の陣。勝ちどきを上げたのは高鍋町だった。町名に「鍋」がつく高鍋町の面目躍如といったところだろうか。

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鍋合戦 高鍋方(写真:宮嶋康彦)

 この鍋合戦は「ひがしこゆ観光ネットワーク」などが主催した「食農まつり2008」のメインイベントだった。晴天にも恵まれたこの日、特設テントの大鍋の前では多くの人が舌鼓を打っていた。毎年、3000人ほどしか来場しない食農まつりだが、物珍しさも手伝って、1万人がルピナスパークを訪れた。何の変哲もない町が、大勢の人でにぎわう観光地に変貌したのだ。

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昼時には、大勢の人でにぎわった(写真:高鍋商工会議所)

 「経済効果は分からないけど、盛り上がったのは確か。経済うんぬんより町に元気が出たのが一番ですよ」。鍋合戦を主催した「ひがしこゆ観光ネットワーク」の会長を務める黒木敏之氏(高鍋商工会議所会頭)は言う。黒木氏は、麦焼酎「百年の孤独」などで知られる黒木本店の社長である。

 この鍋合戦では、県や市の補助はほとんど受けていない。にもかかわらず、1万人を呼び寄せ、地域ににぎわいを生み出した。鍋合戦は山形県などで開かれており、「二番煎じ」と見る向きもあるだろう。「地元の食材を使ってご当地鍋を開発した」。そう言葉で書けば、どこにでもある話にしか聞こえない。

 だが、児湯郡の鍋合戦が誕生するまでの悪戦苦闘(プロセス)をつぶさに見ていくと、疲弊した地域を再生するには何をすべきか、そのヒントが隠されている。

 鍋合戦は、1人の町役場職員の「あるもの探し」から生まれた。その職員の名は河野英樹氏(38歳)。彼が起こした小さな波紋がうねりとなり、児湯郡を突き動かした、と言っても過言ではない。1人の男のあるもの探し。話は5年前にさかのぼる。

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鍋合戦の仕掛け人、河野英樹氏(中央)。1月25日、「四季を食べる会」の会合が開かれた(写真:宮嶋康彦)

 当時、川南町役場の農林水産課にいた河野氏は、川南町の大規模農業者で構成されている川南町認定農業者協議会の事務局長を務めていた。「何か町おこしができないか」。協議会で議論を続けていたが、意見がなかなかまとまらず、活動は停滞していた。

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未曾有の金融危機を前に立ちつくす日本。私たちはどのような国や社会を構築すべきなのか。地方自治、農業、地域再興、政治システム、企業経営――。このコラムでは、ミクロの取材から識者のインタビューまで、あらゆる視点から日本のこれからを考えていく

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