「企業」という異分子と巡り遭うことで、疲弊した農村や農業が再び輝き始める――。日本の各地を歩くと、そうしたケースを目にすることが増えた。植物工場を運営していた企業の倒産、自治体の経営危機、企業サイドのアプローチなど出遭いの形はさまざま。だが、当事者たちはその関係に希望を見いだしている。
各地で始まった「幸せな結婚」。その多くは小売りと農村、農業とのものだ。販路を持つ企業との融合が隘路にはまった山間僻地や人材不足にあえぐ農業に一条の光を与える。企業に対する農村の警戒感はいまだに根強いが、初めの一歩を踏み出せば、自分たちの新たな魅力に気づくのではないか。動き出した企業とのコラボレーション。農村再生、農業復興の1つの解である。
室内では青白い蛍光灯の光が降り注いでいた。
岩手県住田町にある住田野菜工房。ここは、百貨店の食料品街や駅ビルで青果店を展開する九州屋が運営する植物工場である。住田野菜工房は光源や温度、湿度、二酸化炭素濃度、養液などを徹底して管理する完全制御型。ガラス越しに中を覗くと、ロメインレタスやルッコラが棚の上に並んでいた。
この野菜工房が本格的に稼働したのは昨年11月。それ以降、水菜や春菊、ロメインレタスなどの葉もの野菜を栽培している。1月中旬からは野菜工房で作った野菜が九州屋の店頭に並び始めた。完全制御型の植物工場で作られる野菜は無菌状態。「安心」「安全」と消費者の評価も高い。
親会社の破綻で操業を止めていたが、九州屋による買収後、「住田野菜工房」として再稼働を始めた
工房内では、光や温度、湿度、二酸化炭素濃度などが自動制御されている。無菌状態を守るため、室内に入る時はシャワーを浴びなければならない
(写真提供:住田野菜工房)
「企業の九州屋は敵なんだよね」
「稼働させて間もないこともあり、今は試験的に販売しているが、それでも売れ行きはいい。(この工場を)取得して正解だった」。九州屋の佐藤純常務は破顔一笑で語る。その言葉を聞いても分かるように、この野菜工房は九州屋が建てたものではない。既存の設備を3000万円で取得したのだ。
ことの経緯は以下の通り。昨年7月、この植物工場を運営していた企業の親会社が破綻し、事業継続が困難になった。工場の設備は運営企業が所有していたが、土地や建物は住田町のもの。10人の社員が働く雇用の場でもある。頭を抱えた住田町は、つてを辿って九州屋に工場設備の取得を持ちかけた。
相談を受けた九州屋。彼らは彼らで農業参入を模索していた。中国産野菜の残留農薬が露見するなど、農作物の安全性に不安を感じる消費者は少なくない。その不安感を払拭する1つの方法として、生産に乗り出し、自分たちが作った野菜を店頭に並べたい――。そう考えていた。
初めは露地栽培やハウス栽培を念頭に置いていた。だが、企業が農業に参入しようとしても、現実には農地の取得などに高いハードルがある。実際、農業参入に当たって、佐藤常務も近隣の農協や農業委員会に相談に行った。ところが、予想通りと言うべきか、先方の担当者の反応は冷たいものだった。
「取りあえず計画書を頂ければ検討しますよ。でも、(企業の)九州屋は敵なんだよね」。このひと言に農業界の高い壁を痛感した佐藤常務。「もう少し先の話かな」と農業参入をあきらめかけたその時に、住田町から植物工場取得の話が舞い込んだ。
企業の農業参入をテコに町の農業を活性化
住田町にも思惑があった。植物工場の維持もさることながら、町には使われなくなった巨大な温室がある。もとは管内の農業協同組合が種苗センターとして使っていた。だが、近隣の農協との合併が決まったことで、農協は種苗センターの利用を停止。昨年3月以降、空き家のままになっていた。農協が利用をやめるのは勝手だが、建物の所有者は町である。3つの温室で1300平方メートル。この温室の利用者を探していた。
さらに、九州屋の進出をテコに、町の農業を活性化させる――という野心もあった。
かつて林業と農業で栄えた住田町だが、林業と農業の衰退とともに、町の人口は減少している。1980年に9000人を超えた町民も今は6500人ほど。現在、町には約800戸の生産者がいるが、ほかの地域と同様に、担い手の高齢化や耕作放棄が深刻な問題となりつつある。典型的な過疎の農村である。
町が所有する総合育苗センター。農協が利用をやめてから空き家になってしまった
こうした現状を少しでも改善しようと、住田町は4月から独自の認証制度を始める。「無農薬 無化学肥料」「無農薬 減化学肥料」「減農薬 無化学肥料」「減農薬 減化学肥料」。住田町で取れる野菜を4段階に分類し、「安心」「安全」の住田ブランドとして野菜を売っていくという計画だ。この住田ブランドの野菜を九州屋の店頭に並べることができないか、と考えた。
九州屋は全国に64店、岩手県内にも2つの店舗を持つ。九州屋が植物工場を取得すれば、工場から各店舗への配送が始まる。その物流網に住田町のブランド野菜を乗せれば大した手間もかからない。もちろん、認証付きのブランド野菜だけでなく、普通の野菜を店頭で売ることもできるだろう。
これまで、大半の生産者が農協を通じて農作物を販売してきた。だが、九州屋とダイレクトにつながることで、販路が拡大するのはもちろんのこと、市場流通の中間マージンが縮小する。そのメリットに生産者も気づいているのだろう。2月上旬、住田町が九州屋と地元農家の座談会を開いたところ、参加した25人中20人が九州屋との取引に前向きな姿勢を示した。
農協の“空白地帯”だったことも連携の一因
小売りと生産者の直取引には農協あたりが抵抗しそうなものだが、相次ぐ農協合併の結果、かつての住田町農協は隣の農協に吸収されてなくなった。合併後の農協も金融事業に一生懸命で、営農事業には力を入れていないという。住田町が農協の“空白地帯”だったことも九州屋との連携が進んだ一因だ。
「今の時代、農協なんて当てにならない。見てくれは悪いが、『安心』『安全』の住田の野菜を九州屋で売ってほしい」。住田町の多田欣一町長は力を込める。そして、この九州屋との取り組みが耕作放棄地の再生にもつながる、と多田町長は見る。
ここから先は「日経ビジネスオンライン」の会員の方(登録は無料)、「日経ビジネス購読者限定サービス」の会員の方のみ、ご利用いただけます。ご登録のうえ、「ログイン」状態にしてご利用ください。登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。










