「豁達」――。警備業大手セコムの社内には、至る所に墨痕鮮やかな達筆で書かれたこの2文字が掲げられている。1986年、創業者の飯田亮(現・最高顧問)が北京で中国の政府高官から贈られた書を複製したものだ。「フータ」と読むこの2文字の意味するところは「心ひろやかに、明るく、小さなことにこだわらないさま」。感銘を受けた飯田は、以後この言葉を座右の銘としてセコムの経営に当たった。
「フータ」はセコムの持つ新進の気風をよく表す言葉だ。それは、警備から発して医療、福祉、情報システム、保険など失敗を恐れずに新たな事業に挑戦し続け、永遠のベンチャーたろうとする伸びやかな精神を表す。セコムの社内では、萎縮する部下に向けて上司が今も言う。「フータでいこう」。今日その声は、まるで世界同時不況で萎縮する企業社会全体に向けられているかのようにも聞こえてくる。
「日経ビジネス」2月23日号の「企業研究」でセコムを取り上げたが、このシリーズでは、セコムが挑戦する各事業と、それを切り開く「フータ」な人々を紹介していく。第1回目となる今回は、2007年に山口県美祢市に設立された刑務所に足を運んでみた。
(文中敬称略)
山口宇部空港から車で10分ほど走ると、車窓に深緑の山肌を眺めるばかりになった。目指す先は、山口県美祢市。「美祢」とは「峰」からの転訛が語源とも言われる。中国山地の山間にある人口3万人弱のこのまちは、いかにも確かに山深い。
5年ほど前、美祢市には、葛藤があった。
戦前は無煙炭や石灰石を産出して栄えたが、需要減少とともに振るわなくなっていた。若い世代が職を求めて都会へ出て行くのを止めるすべもない。荒地を切り開いて工業団地を造成してはみたが、交通の便が悪く誘致に応じる工場はなかった。
かつての工業用地「美祢テクノパーク」に今建っているのは、工場ではなく刑務所だ。
美祢市の葛藤は、刑務所誘致の是非を巡るものだった。刑務所が新設されれば、職員が官舎に住むことになり、数百人の人口増効果がある。合併を重ねても3万人に届かない美祢市にとっては大きな数字だ。一方で、受刑者の脱出を阻む高い塀が巡らされた刑務所という施設に心理的な圧迫感があるのも確かだ。「塀の中」で何が行われているのか、周辺住民は知るすべがない。
ところが美祢市住民の懸念の一部は杞憂に終わった。2007年に新設された刑務所「美祢社会復帰促進センター」には、住民に圧迫感を与える当の「塀」が一切なかったのだ。塀だけではない。美祢市に誘致された刑務所は、外観も、内部の運営も、従来の刑務所のイメージを覆すような清新な試みにあふれていた。
2007年、美祢市で受刑者の受け入れを始めた「塀のない刑務所」。その運営を可能にしているのが、セコムの警備技術だった。
官民共同で施設を運営
セコムの警備車が入り口近くに配備されている
写真:矢野豊(以下同)
寒々しい灰色の高い塀が巡らされた建物に、いかめしい制服姿の刑務官が仁王立ちしている――。そんな刑務所に対する先入観は、その外観を眺めただけであっけなく覆った。やや窓が少ないのと、日の丸が掲揚されていることくらいが、わずかにクリーム色の建物に「刑務所らしさ」を感じる部分だろうか。屋根付きの車寄せで車を降りると、ガラス張りの自動ドアが開く。オフィスビルのエントランスにでもいるように錯覚する。
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