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その水を守るのは誰だ

力尽きる山守、「水源の森」に忍び寄る影

2009年2月27日(金)

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 長野県の南端を源流に持つ矢作川。この川の流域では、上流と下流の理想的な関係が続いていた。上流の山村は林業を通して山を守り、下流の住民は様々な形で「水源の山守」をサポートしている。

 森林荒廃や山林売買が相次ぐ今、国内の水源林が危機を迎えている。水は誰もが使う大事な資源。水を使う国民は、何を考え、何をすべきなのか――。矢作川流域にその解を探した。

 頑なに林業を守る村が長野県にあった。

 長野県の最南端、愛知県と岐阜県の県境に広がる根羽(ねば)村。人口1200人、村の92%を山林が占めている。どこまでも続くスギとヒノキの深い森、渓谷を刻む清流、突き抜ける青空。そのほかには何もない典型的な過疎の村である。

 この根羽村は、林業が成立している希有な村でもある。

手入れが行き届いた杉林。日の光が差し込む様は幻想的だ

手入れが行き届いたスギ林。日の光が差し込む様は幻想的だ
(写真:宮嶋康彦、以下同)

林業が「業」として成立している村

村には清流のせせらぎの音が絶えない

村には清流のせせらぎの音が絶えない

 約18億円の歳出に占める林業費は約20%と、ほかの市町村に比べても格段に多い。35人を雇用する森林組合は村一番の組織。1951年の設立以来、黒字の無借金経営を続けている。しかも、この村では全村民に相当する約450世帯が森林組合の組合員である。村人すべてが森林組合に参加しているところはほかにない。

 村全体の林業収入を見ても、3億6000万円と森林組合は村の稼ぎ頭になっている。昭和40年代のように、木材の販売収入が歳入の30%を占めていた時期も確かにあった。それには遠く及ばないが、この村では林業が今でも「業」として存在している。

 国内林業は崩壊している。にもかかわらず、根羽村で林業が成立しているのは独自の林業システムを構築したためだ。その名も「トータル林業」。「伐採」「製材」「販売」。川上から川下まで、一気通貫で手がける林業のことだ。

 「切り出した木材の価格が低すぎてペイしない」。林業が衰退した要因はこの一事に尽きる。木材の販売価格を高めるため、根羽村は製材所を整備し、加工で付加価値をつけ、原木市場以外で販売していく――という仕組みを構築してきた。

 閉鎖した民間の製材所を村が購入した1995年を皮切りに、木材加工機械、乾燥施設、作業用の建物、林業用の大型重機など段階的に施設や設備を整備していった。伐採や製材の生産性を高め、原木に付加価値をつけるためだ。

アイターンの若者も増えている

 そして、同じ長野県伊那市内の設計会社と協力し、木材住宅を建てる個人向けに木材の供給を始めた。設計会社と根羽村の間で原産地契約を締結。設計図に従って木材を加工し、建築現場に直送していく。根羽村の製材所に足を踏み入れると、立派なスギ柱が山積みになっている。そのすべてに「○○邸」という張り紙が張られていた。乾燥作業が終わり次第、材木はそれぞれの建築現場に届けられる。

根羽スギをふんだんに使ったモデル住宅も建てた

根羽スギをふんだんに使ったモデル住宅も建てた

 根羽スギを使った住宅建設は増えている。このビジネスを始めた2001年以降、毎年100棟を超える住宅に根羽スギを供給してきた。その数は年々、増え続けている。根羽産の木材を半分以上使用する顧客には、根羽スギの柱50本を無料で進呈しており、このサービスを活用した住宅は29棟に達している。こうした消費者の立場に立ったサービスも需要拡大の要因だろう。

 顧客と直に結びついたことで、根羽村の林業経営は安定した。原木市場に出した場合、木材価格は1立方メートル当たり1万1000円ほどになる。それに対して、住宅用の建材として加工すれば、最大で10倍の価格で売ることができる。「市場に納めていたらとっくの昔に潰れていた」。根羽村の小木曽亮弌(りょういち)村長はそう言うが、それも大袈裟ではない。

 現在、製材所では14人の人々が働く。その中には、都会から移り住んできたアイターンの若者も少なくない。この3月からは、トヨタ自動車の関連工場で働いていた元派遣社員が働き始める。この村の林業が、悪化する雇用の受け皿になったということだ。増加する建材受注に対応するために、製材所を拡張することも決まった。ごくわずかだが、林業の規模も拡大しつつある。それもトータル林業が軌道に乗ったからにほかならない。

 現代の山守、根羽村。林業が見向きもされないこの時代に、なぜこの村の人々は頑なに林業を続けるのだろうか。

全村民が林業の豊かさを味わった

 「この村は全員が林業の豊かさを体験している。だから、林業を捨てることができないんだな」。小木曽村長がこう語るように、根羽村が林業を続ける理由の1つは林業での強烈な成功体験だ。

村長に就任した小木曽氏は林業に村の未来を賭けた

村長に就任した小木曽亮弌氏は林業に村の未来を賭けた

 根羽村には明治時代から続く制度があった。それは「貸付山制度」である。村有林を村民に貸し、植林してもらう代わりに、成長した原木を村民に与える――。この貸付山制度によって、根羽村は各戸が5.5ヘクタールの山林を持つことになった。全世帯が森林組合の組合員なのはそのためだ。

 さらに、1922(大正11)年に国の制度を活用して約1300ヘクタールの村有林に木を植えた。自治体が所有する林野に国が植林し、伐採による利益を国と自治体で折半するという仕組みだった。荒れるに任せていた山林を保護するために作られた法律だった。

 こうして育てられた山林は昭和30年代に伐期を迎えた。時あたかも戦後の経済復興期。木材需要が高まる中、根羽村の木材は高値で飛ぶように売れていった。全村民が林業の豊かさを味わったのである。

 100年以上も前から林業に従事し、林業で潤った根羽村。この村では1つの哲学が育まれた。「親が植え、子供が育て、孫が切る」。この哲学である。

 林業の恩恵にあずかれるのは数十年後、孫の代にならないと、伐採による利益を受けることはできない。将来のために種を蒔く。これは、稲作文化を生きてきた日本人ならではの発想だろう。目の前にある木は祖父母が植えてくれたもの、これから植える木は孫のため――。この親子3代の林業サイクルが根羽村では今も息づいている。「僕もそうだったけど、子供の頃から躾けられるんだ」と小木曽村長は一村民の表情で語る。

「もう一度、林業に賭けよう」

 だからだろう。根羽村は林業を捨てなかった。木材の輸入自由化によって、国内の林業が徐々に縮小していく中、周辺の村々は林業をあきらめ、スキー場やゴルフ場、温泉掘削などの観光産業にシフトした。根羽村でも、温泉を掘り、観光を産業にしようという声も上がった。

 だが、1991年に村長になった小木曽氏は、「もう一度、林業に賭けよう」と呼びかけた。根羽村はどこまでいっても林業の村。孫のために山を守ろうと主張したのだ。全村民が山林の恵みを受けた根羽村。だからこそ、「林業を続ける」という決断を村民も支持したのだろう。

 なぜ根羽村は林業を続けるのか。

 実は、もう1つの理由がある。それは、下流の人々を守るため。矢作川を守るためだ。山深い根羽村は、愛知県の東部を流れる矢作川の源流。矢作川の水源地の1つを抱える村として、水源の森を守る責務がある――。そう考えているからだ。

 矢作川の上流と下流。この両者は明治の頃から深い絆で結ばれてきた。

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「その水を守るのは誰だ」の著者

篠原 匡

篠原 匡(しのはら・ただし)

ニューヨーク支局長

日経ビジネス記者、日経ビジネスクロスメディア編集長を経て2015年1月からニューヨーク支局長。建設・不動産、地域モノ、人物ルポなどが得意分野。趣味は家庭菜園と競艇、出張。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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澤田 秀雄 エイチ・アイ・エス会長兼社長、ハウステンボス社長