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経済政策としてのホロコースト

暴走した経済恐慌対策デマゴギー

2009年3月17日(火)

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 今回は、郊外の保養地の写真からお話を始めたいと思います。御用邸のある神奈川県は逗子、葉山か、それとも吉田茂の住んだ大磯辺りかというとそうではなく、これはベルリン郊外にある「ヴァンゼー」湖畔のヨットハーバーの写真です。

「ベルリンの湘南」高級リゾート街区<ヴァンゼー地域>

「ベルリンの湘南」高級リゾート街区<ヴァンゼー地域>

 ヴァンゼー一帯は、それこそ日本で言えば湘南辺りにイメージの重なる高級保養地ですが、東京都と江ノ島が電車で1時間以上かかるのに比べて、市の中心街から20分そこらで到着する近さが売り物でしょう。しかしこのヴァンゼー、ご存じの方はご存じと思いますが、歴史上に大変不名誉な形で名を刻むことになりました。1942年1月20日、後世「ヴァンゼー会議」と呼ばれることになるミーティングが、この地で開かれたのです。「ヴァンゼー会議」ではナチス・ドイツの「ユダヤ人問題Judenfrageに関する最終解決die Endlösung」が決定されました。

金融恐慌直後に成立したナチス政権

ベルリン中心部からほんの20~30分なのにヴァンゼー一帯は風光明媚だ

ベルリン中心部からほんの20~30分なのにヴァンゼー一帯は風光明媚だ

 後世の私たちは、ナチス・ドイツ政府が行ったユダヤ人への迫害や虐殺を「史実」として振り返ります。しかしこれを「あり得べからざる犯罪」「狂気」といった言葉で修飾しがちである傾向に、私は大きく憂慮しています。ユダヤ人哲学者ハンナ・アーレントは、ナチス事犯の大半が「極悪人であった」のではなく「ごく普通の人々が、あのような凶行に走った」ことを、むしろ怖れると述べています。

 今私が改めてナチスに注目するのは、2009年以後世界が「恐慌後経済」の建設に取り組もうとしているからです。歴史上最も民主的と言われた第1次世界大戦後のドイツ・ワイマール共和国憲法で、「公正な選挙」で国民の圧倒的な支持を集めてナチス党党首アドルフ・ヒトラーは「総統」に就任しました。ヒトラー政権の「世界恐慌後」の経済政策は、数字だけで見れば大変に「優秀」なものでした。同時期の米国(「ニューディール政策」)やソ連(スターリン政権下での「5カ年計画(特に第2次以降)」の経済政策と比べても、ナチス初期の「4カ年計画」は、国内向けの「成績」だけに注目すれば、顕著な「成功」を収めています。

 しかしこれは、ヒトラーやナチス党自体の経済政策が秀逸だったということではなく、民主的だったワイマール政権のクルト・フォン・シュライヒャーの政策を受け継いだものでした。1923年のインフレを抑えた功績をもつヒャルマル・シャハトを経済大臣に据えて、現在も利用されている無料高速道路「アウトバーン」など大型公共土木事業を展開、価格統制などで、失業とインフレへの対策を行った成果が主として功を奏したものでしょう。ナチス自体のプロパガンダは「金持ちのユダヤ人や戦争成金から『不正な資産』を没収して国民に再配分しろ!」といった程度にとどまるものでした。政治家がプロパガンダ程度の政治屋に墜ち、衆愚選挙と政策マンとが分離するというのは、どうも他人事とは思えません。

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