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会社の履歴書【1】日立製作所

復活の条件~ハイテク不況を乗り越えて 2

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2009年4月2日(木)

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 バブル崩壊後、日本企業は好むと好まざるとにかかわらず、大きな「変革」を余儀なくされた。金融部門の痛みは、日本企業の成長を支えた間接金融の縮小、株式の持ち合いの解消を迫り、急速に進展したグローバル化は終身雇用、年功序列の終焉をもたらした。その中で問われたのは企業の変革能力である。劇的に変化する外部環境にどう対応し、組織をどう変えていくのか。それに成功した企業もあれば、依然として対応し切れない企業もある。企業が「失われた15年」をどう生きたのか。1991年以降、「日経ビジネス」で取り上げた日本の代表的な企業の記事を「会社の履歴書」として取り上げる。
(文中の肩書き、名称などは掲載当時のままです)

日立製作所

 今年3月16日、古川一夫社長の辞任と日立プラントテクノロジー会長兼日立マクセル会長の川村隆氏の4月1日付けでの社長就任を発表した日立製作所。異例の元副社長の本社への返り咲きが示すのは日立の危機が深刻化である。そこにはかつて「GNP(国民総生産)1%企業」と言われ、自他共に日本を代表する総合電機メーカーとして君臨した面影はない。原子力発電所からコンピューター、白物家電まで。「重厚長大」も「軽薄短小」も内部に取り込んだそのビジネスモデルは、日本株式会社の典型だった。しかし、繁栄を謳歌したバブル期から一転、日本の成長力が劇的に落ち、そしてグローバル化が急速に進展した中で、日立はかつての栄光を取り戻せずにいる。日立に何が起き、日立は何を起こせなかったのか。過去16年を振り返る。

* * *

高収益回復の青写真
受注依存体質と決別し市場創造狙う 主役はコンピューター、半導体、通信

1992年8月17日号より

 ハイテク事業の再編を進める一方、重電でも独自のリストラの道を探る。技術優先の自前主義や受注依存型の体質など、これまでの企業文化と決別するさまざまな動きが始まった。

(中島 修、樋口 一郎、小玉 祥司)

 「8.21リストラ」は日立にとって、高収益・優良企業という評価を回復するために不可欠の大手術だった。

 8%台をキープしてきた連結ベースの売上高営業利益率は、85年以降は8%を割り込んだまま。重電部門は好調だが、半導体は生産規模でNEC(日本電気)と東芝にジリジリと水をあけられつつある。コンピューターも、富士通やNECとの差はなかなか縮まらない。

 日立がハイテク部門中心にリストラを実施した背景には、こうした停滞感を払拭(しょく)して、再び優良企業として成長したいという思いがある。

 5年後の96年度に、連結ベースで売上高10兆円、営業利益8000億円を突破する--。最近まとめられた中期的な業績目標である。利益率は8%に達する。かつて日立がハイテク優良企業ともてはやされていた84年度に記録した8.9%には及ばないが、91年度の4.5%からすれば大幅に高い数字だ。

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