企業の偽装、官僚の嘘、陰湿ないじめ――。社会の安心と信頼が失われているのではないか、と感じざるを得ない出来事が相次いでいる。
企業の不祥事を見ても、賞味期限の改ざん、原材料の偽装など、似たような事件が次から次へと出る始末。消費者や国民は怒り狂い、不信が不信を呼んでいる。社会の信頼感が失われているのはなぜか。社会心理学者に聞いた。
―― 企業による偽装や年金記録の改ざん、いじめの横行など、日本社会では様々な問題が噴出しています。今の日本を見ると、社会の信頼感や安心感が失われているのではないか、と感じざるを得ません。なぜ信頼感が喪失しているのか。その要因を社会心理学の立場から解き明かしていただけないでしょうか。
山岸 信頼感や倫理の喪失。それを述べる前に、これまでの日本社会で「安心」や「信頼」がどのように成立していたのか、そのことからお話ししましょう。
問題の理由を心に求めるのは思考停止と同じ
ご質問のように、今の日本は様々な問題を抱えています。価値観が転換し、社会の一体感が失われているのは間違いありません。将来への漠然とした不安を多くの国民が抱えているのも事実でしょう。

1948年愛知県生まれ。一橋大学社会部、同大学大学院を経て、ワシントン大学哲学博士。その後、北海道大学助教授、ワシントン大学助教授を経て、現在は北海道大学大学院文学研究科教授、社会科学実験研究センター長を務めている。
こうした現状を指して、「日本人の心の荒廃」や「モラル低下」を原因に挙げる声は少なくありません。かつての日本人の心を取り戻すために、「品格を磨くべき」とまことしやかに語られています。でも、すべての理由を心に求めるのは思考停止以外の何物でもありません。
―― 心や道徳に解を求めるべきではない、と。
山岸 そうです。なぜ日本社会が揺らいでいるのか。その大きな理由は、社会の仕組みそのものが変化しているため。そして、その変化に多くの日本人が対応できていないため、と私は考えています。社会変化に伴う過渡期の混乱が、様々な問題を生み出していると言っていいでしょう。
―― 山岸教授の指摘する社会の仕組みの変化とは、どういうことでしょうか。
山岸 一般的に、日本人は集団主義であり、横並びであり、協調性を重んじる「和の民族」と言われてきました。ところが、最近の社会心理学の実験を見ると、日本人は個人主義的な行動を取ることが多いということが分かってきました。それと同時に、米国人は集団主義的志向が強いという結果が出ている。
―― 全くイメージが逆ですね。
日本人より米国人の方が他人に対する信頼感が強い
山岸 このような結果が出るのは、他者に対する信頼感の低さが影響していると考えられます。日本人と米国人の他者に対する信頼感を調べた別の実験によると、日本人は見知らぬ他者に対して、「自分のことを利用しようと考えているのではないか」「他の人々は自分のことしか考えていないのではないか」と疑心暗鬼を生じる。その一方、米国人は他人に対する信頼感が総じて強いことが分かった。
日本人は素性の分からない他人に対しては、自分を利用しようとしていると疑ってかかるため、安心できるまで協力関係に入るのはできるだけ避けようと考える。それに対して、米国人は相手が誰だか分からない状況にあっても、日本人ほどには疑わず、信頼しようとする傾向が強い。「人を見れば泥棒と思え」と考えるのが日本人とすると、米国人は「渡る世間に鬼はなし」と考える国民と言えるでしょう。
特に、日本人の他者に対する信頼感のなさは驚くべきものがありますね。私はここ数年間にわたって、日本と中国、台湾、韓国をインターネットで結び、「信頼ゲーム」という実験を実施してきました。日本人が日本人を信頼するのと、日本人が中国人を信頼するのはどう違うか――というように、国民ごとの信頼感の差を調べようと思ったんですね。
この実験ではっきりしたのは、他者に対する信頼の程度が日本と中国では全く違うということでした。意外に感じる人も多いでしょうが、中国人が日本人を信頼するよりも、日本人が日本人を信頼する程度の方が低い。参加者は学生でしたが、とにかく他人を信用していないんですよ。国民全体を対象にした大規模な質問紙調査の結果を見ても、日本人の一般的な信頼の低さは、ソマリアやモルドバなど紛争をしている地域と変わらないほどの低さでした。
―― なぜ日本人は他人一般を信頼しないのでしょうか。
集団主義社会は信頼を必要としない
山岸 他者を信頼しない日本人の傾向は閉鎖的な“集団主義”が生み出したと言っても過言ではありません。長らく、日本は集団主義社会と言われてきました。会社と社員の関係を見れば分かりやすいと思いますが、会社の成長のためには、社員は残業や土日出勤も厭わずに働いてきました。その代わり、会社は終身雇用と年功賃金でその労に報いてきました。
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