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会社の履歴書【1】日立製作所

沈むな!日立~重電の危機を改革の好機に 3

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2009年4月8日(水)

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 バブル崩壊後、日本企業は好むと好まざるとにかかわらず、大きな「変革」を余儀なくされた。金融部門の痛みは、日本企業の成長を支えた間接金融の縮小、株式の持ち合いの解消を迫り、急速に進展したグローバル化は終身雇用、年功序列の終焉をもたらした。その中で問われたのは企業の変革能力である。劇的に変化する外部環境にどう対応し、組織をどう変えていくのか。それに成功した企業もあれば、依然として対応し切れない企業もある。企業が「失われた15年」をどう生きたのか。1991年以降、「日経ビジネス」で取り上げた日本の代表的な企業の記事を「会社の履歴書」として取り上げる。
(文中の肩書き、名称などは掲載当時のままです)

日立製作所

 今年3月16日、古川一夫社長の辞任と日立プラントテクノロジー会長兼日立マクセル会長の川村隆氏の4月1日付けでの社長就任を発表した日立製作所。異例の元副社長の本社への返り咲きが示すのは日立の危機が深刻化である。そこにはかつて「GNP(国民総生産)1%企業」と言われ、自他共に日本を代表する総合電機メーカーとして君臨した面影はない。原子力発電所からコンピューター、白物家電まで。「重厚長大」も「軽薄短小」も内部に取り込んだそのビジネスモデルは、日本株式会社の典型だった。しかし、繁栄を謳歌したバブル期から一転、日本の成長力が劇的に落ち、そしてグローバル化が急速に進展した中で、日立はかつての栄光を取り戻せずにいる。日立に何が起き、日立は何を起こせなかったのか。過去16年を振り返る。

* * *

持ち株会社活用し「総合」脱却を
エクセレント企業復活へ4つの提言

1998年6月1日号より

日立製作所が再びエクセレント企業として輝くには何が必要なのか。
純粋持ち株会社による企業分割と豊富な資金の戦略分野への集中、日本版GEキャピタルの設立、白物家電への特化を提言したい。

(多田 和市、寺山 正一、降旗 淳平)

 日立製作所はゼロ。これに対し、ゼネラル・エレクトリック(GE)は75件、2兆2360億円。両社が1997年度、企業を買収した件数とそれにつぎ込んだ資金の総額である。

 ダイムラー・ベンツとクライスラーの合併は日産自動車グループを巻き込み、ゼネラル・モーターズ(GM)やフォード・モーターといった世界の巨大企業が、生き残りを賭けた合従連衡に走る。資本の論理を前面に押し出した買収合戦を繰り返し、成長への時間をカネで買う時代が地球規模で到来した。その世界の産業界の潮流に対し、日立は今のところ沈黙を守る。

 日立と並ぶ重電の雄、東芝は2000年初頭の純粋持ち株会社による企業分割を念頭におき、6月26日付で商法上の取締役を33人から10人程度まで絞り込むことを決めた。ソニーは1997年6月にいち早く取締役の削減に踏み切っている。

 それに対し、「創業90周年を迎える2000年をめどにカンパニー制を強化して、事業持ち株会社に移行する」と金井務社長が説明する日立の改革は、企業を抜本的に変えようという意欲がみえてこない。

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