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日本を覆う不景気はいかにして回復するか

  • 濱田 康行

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2009年4月14日(火)

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 桜の便りとともに株価はやや戻しているようだが、3月の日銀短観はマイナス58という過去最悪。  どうやら、アメリカの金融世界に端を発した“危機”は日本経済の深部に浸透してきたようだ。ひと頃は、予想外の円独歩高で、「日本は傷が浅いのでは」と世界も期待しかけたが、“酔いどれ大臣”の記者会見と年率マイナス12.5%(IMF発表)の落ち込みで、甘い夢は吹き飛んだ。

 しかしである。終わらない不況はないし、永続恐慌がないのも事実だ。今後、いかなる条件が整えば“回復”に向えるのか。ちょっと早いが、そのための基本的な考察をしてみたい。

 今般の金融恐慌が実体経済に波及したということは、その経路がどうであれ、実体経済側にも恐慌要因があったことを示している。それはつまるところ農産物と資源以外の過剰生産である。簡単に図式化してしまえば供給>需要だが、それが恐慌・不況の根本的な背景であることは古典経済以来の理論が示すところである。需要≧供給になればやがて景気は回復するのだが、そこへのプロセスはいかに展開するか。

需要の実態はどうなっているのか

 ここで問題にするのは、需要がどういう状態で存在するか、つまり需要の現実的態様である。従来、経済学は需要をあまりに簡単に考えてきた。それはセー法則に源流を持つが、生産したものは売れる、同じ事だが供給=需要という前提を、少なくとも長期的には、認めてきたからである。セーをしばしば批判したマルクスでさえ、価値論の展開においては供給=需要を前提にしている。

 需要に限定をつけ、購買力の裏付けがあるものを有効需要と呼んだケインズは明らかに一歩進んでいる。さらに現代では、この購買力が購買者の保有する貨幣に裏付けられているのか、信用(他からの貨幣の供与)に基づくのかという大きな相違を問題にしなければならない。

 また需要は、購買を意図している者がどのような動機を持っているかによっても現実性の度合が違ってくる。本人の欲望であればそれは高く、社会的諸条件が創り出す欲望・社会的需要であればやや低くなるかもしれない。需要の安定性は商品の種類と需要者の状況によっても異なる。空腹の人の食物への需要は極めて安定しており、持ち家所有者のセカンドハウスへの需要はそうではない。いわゆる効用だが、それは需要者の所得、人種、文化、年齢等々によって大いに変動する。

 だから一口に需要といっても、それは変幻自在であり、それを把握しようにも困難が付きまとう。逆にいえば、だからこそ、製造業といえども販売部門・営業部門は必要だし、マーケティングという作業が求められるのである。

 需要の研究はあまり進んでいない。需要の大半は消費である。アメリカでは70%が、日本でも60%強である。だから、需要の研究がなされていないという事は消費(者)の研究がなされていない事を意味する。この点は松原隆一郎氏が主張する通りである(松原隆一郎『消費資本主義のゆくえ』ちくま新書)。

 需要は実体のないフワフワとしたものだが、全体としてみるとある構造を持っている。全体を円型図形とすれば、まず中心部にコア(核)がある。後に述べる消費の方程式が示す、Co(最低消費)に相当する部分である。この周りを上記の様々な要因で動くいくつもの層が取り囲む。外側にいけばいくほど、不確かなのである。Co部分は何も努力しなくても売れるが、外側に向かうほど、販売の努力なくしては売れない。宣伝をする、クレジット販売をする、そして値引きをするなど販売のあらゆる努力が外側にいく程、展開する。まさに売れそうもないものを売るのが販売・セールスの神髄なのだ。

 需要が確実な型を示すこともある。それは顧客の側が待ち行列をつくるような場合、買い手が製造番号を押さえるなど確実な予約がある場合であるが、それらは例外である。

 需要はこのようにボンヤリとしたものだが、近くにいないとそのボンヤリは認識できない。需要の把握はフィーリングが必要だから、現場に臨場していることが必要だ。だから、外国からの重要となるとその把握は一層難しくなる。だから輸出が突然減少して供給側が大慌てするというのはよくある話なのだ。

クルマ、テレビ、家・・・米国の需要は消失

 これに対して供給はどこまでもリアルである。需要がフワフワとしたものだとしても、それは大きさを持つ。これに対応しようとしたら、人を雇い工場を動かすという現実的な活動が必要である。それは少しもフワフワしていない。機械を動かすかどうかではなく、機械を保有するというのがここでの現実である。それは供給能力という言葉で表現されるが、能力は設備が存在することである。さらに通常は労働者を月極で雇用している。需要は軟らかい構造をしているが、供給は堅い。だから、“両者の一致”と簡単に表現してしまえるものではない。それは量的一致にとどまらない問題を常に抱えている。需要と供給が均衡する価格があるというのは、世の中に数少ない財しかなければありうる。しかし、資本主義の現実には当てはまらない。消費者は、予算内で自己の消費効用が最大になるように買う物を選択するというのも現実的ではない。そもそも合理的経済人などいないのである。

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