明治大学教授で教育学者の齋藤孝さんは、『眼力』(三笠書房)という著書をお出しになっています。その人がどんな人であるかを見定めるにあたっての、齋藤さんの知見が余すことなく描かれています。私がたびたび読み返す本の1冊です。
人の振る舞いを観察し、その人の性格を判断するため、齋藤さんは幾つかの尺度を提供しておられます。その中に、「自己肯定感」と「自己客観視力」というものがあります。
2つの軸からリーダーを分析
自己肯定感とは、簡単にいうと、何が起きても自分を信頼し続ける気持ちのこと。一方、自己客観視力は、自分を外側から見て、その状態を冷静に判断する力です。
齋藤さんは、この2つの尺度を使った分析を提案しています。要点をまとめると次のようなものになります。
紙に「十」の字を書いてみる。縦軸は自己肯定感、横軸は自己客観視力の度合。クロスしている箇所が“原点O”で、上に行くほど、また、右に行くほどそれぞれの度合は高くなる。
十字の左上は、自己肯定感は強いけれど、自己客観視力は低いタイプの人になります。自信はあるけれど、自分がどう見られているか認識できない“オレ様野郎”。
反対に右下は、自己客観視力は高いけれど、自己肯定感は低いタイプ。自分が周りからどう見られているかを気にする“おどおど君”ですね。行動に制限がかかってしまいがちです。
左下は論外として、最も成功するタイプが右上に含まれる人たちです。つまり、自信があって、かつ自分がどう見られているかを確認することを怠らない。おそらく、この範囲に入る人こそが、リーダーの資質をもつ人なんだと思います。自己肯定感、自己客観視力ともに強い。これが理想的です。
「これでいいいんだ」が邪魔をする
これまで私は100人以上のいわゆるリーダーたちにエグゼクティブコーチングを行ってきました。その経験から言うと、クライアントで最も多いのは、左上の“オレ様”タイプです。実績もあるし、能力もある。だけれども、自己客観視力はそれほど高くない。
クライアントであるなしを抜きにしても、一般的にリーダーはこのカテゴリーに入る人が多いように思います。自己客観視力が高くないというより、ひょっとすると階段を昇る過程で失っていってしまったのかもしれません。「誰が何と言おうと、これが俺の身につけたやり方なんだ」という感じの印象がある。
企業でエグゼクティブに昇進される方は、いくつかの成功体験を積み重ねています。課長で成功し、次長で成功し、部長で成功し、そしてついに役員となる。
成功体験が多ければ多いほど、その人の中に「ビリーフ」が築かれていきます。「自分はリーダーとしてこのように振る舞えばいいんだ。そうすれば人は動く、ついてくる」という“信念体系”ですね。
ビリーフが形づくられるプロセスで、その方は自分を客観的に捉え、多くの試行錯誤を繰り返したのだと思います。
ところが成功が繰り返され、ビリーフが強固になっていくと、トレードオフとして自分を客観的に捉える力が薄弱になります。「これでいいんだ。これが正しいやり方なんだ」という頑なな気持ちが芽生え、自己客観視力が減っていく。
実際には「これでいいんだ」では通じないこともあります。課長と部長では、発揮すべきリーダーシップは違うはず。課長であれば部下一人ひとりに親身になり、案件をいっしょになって仕上げていくようなスタンスが求められるかもしれません。一方、部長には全体を俯瞰するような“バードアイ”が求められます。部長になっても個々の案件に入り込み細かく指導するようではまずいのです。まして役員となれば、求められるリーダーシップはまったく次元の違うものになりえます。
ところが、ビリーフが邪魔をして、自分を新しい役割にシフトさせることができない。より高次の自分に脱皮することができない。皆が皆とはいいませんが、そんなデッドロックに陥ってしてしまったリーダーが多いように思います。
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