(前回から読む)
前回述べたように、2001年、財務機能の中に新たに財務企画部を作り、組織を率いる役割を担うことになりました。私がまず実行したことは、財務機能全体が今後取り組むべき課題の方向性を提示し、それを財務機能の各部各人それぞれの課題に、埋め込んでいくことでした。これは、事業環境の変化、一連のM&Aがもたらしたビジネスの変貌、そして、今後全社として取り組まねばならなくなる様々な課題、これらを展望し先取りして、財務機能をどうパワーアップするかという命題に応えるためでした。
国内市場でたばこの需要が減り競争が激化
2001年当時を振り返ると、世界的には2000年のITバブル崩壊による株式市場の下落とその景気への影響が懸念されていました。日本国内では、1990年代初頭のバブル崩壊以後の、いわゆる「失われた10年」以降も続いていた、国内金融機関の不良債権処理のめどが立たず、金融機関のカウンターパーティーリスクが上昇していました。
JTとしても全国のたばこ小売店からの日々の売上代金を、多くの金融機関が取り扱っていましたし、手元現預金を預け入れるためには、当然銀行との取引が必要でした。そのため、金融機関の破綻リスクを考えずには、仕事ができない状況に直面していたのです。
事業環境も転機を迎えていました。早くから予想していたように、国内たばこ事業における総販売数量が減少に転じていました。大人の嗜好品であるたばこの需要は、20歳から60歳までの人口の動きに連動して減っていたのです。年2〜3%の割合で国内たばこ市場というパイが縮小していく中、競争は激化する一方でした。こういった状況下、国内たばこ事業やコーポレート機能は、競争力を落とすことなく、効率性とコスト削減を追求する必要性に迫られていました。
また、社内では2005年4月に契約満了を迎えるAltria社(当時の世界No.1のたばこメーカー)との日本国内におけるMarlboroブランド(世界No.1のシガレットブランド)のライセンス契約を継続するのか、契約満了とするのかの決断の時期が迫っていました。
既に国内で9%近くの数量シェアになるまでにこのブランドを成長させたのは、紛れもなくJTの貢献によるものでした。しかし、ライバルからの借り物のブランド、そして海外たばこ事業では、戦っている相手のブランドをどうするのか、大きな岐路に立たされていました。このライセンスをどうするかの決定が、会社のその後に、とりわけ雇用、財務等に大きな影響を及ぼすことは自明だったのです。
世界での新たな合従連衡に備えた買収資金確保という課題も
一方、1999年に9400億円を投じて行ったRJRI社買収によって海外たばこ事業は一気に拡大したものの、まだ、世界には合従連衡の余地は残っており、早晩、競合会社間で、次のM&Aが起きるであろうとの予想がありました。また、前述のように国内でのたばこ事業量の落ち込みと競争の激化が、更なる海外での買収を模索する大きなドライビング・フォースにもなっていました。こういったことから、一刻も早く、投資余力を回復するとともに、資金調達力を強化する必要性があったのです。
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日本たばこ産業取締役。JT International, SA 副社長、副CEO、最高財務責任者。1980年京都大学大学院電子工学課程修士課程修了後、専売公社(現JT)へ入社。たばこの工場現場を経験後、経営企画部で企業買収案件に従事。1989年、同社ニューヨーク事務所所長代理、1990年JT America Inc.社長。以後6年にわたり、抗HIV薬Viraceptの開発等、米国製薬・バイオベンチャーとの数々の共同研究開発提携案件を発掘。1991年から米国NASDAQ上場バイオベンチャー企業Cell Genesys, Inc社外取締役を兼任。1996年、JT本社に戻り経営企画部部長として中期経営計画、企業変革プログラム、企業買収プロジェクト(鳥居薬品、旧RJR International)等、全社経営企画業務を担当。2001年、JT財務企画部長に就任。全社の中期経営計画、経営管理、財務戦略を担当。企業買収、事業売却も手がける。2004年、JT執行役員財務責任者(CFO)に就任。05年取締役に就任(現任)。06年、日本、中国以外のたばこ事業の世界本社であるJT International, SA(ジュネーブ)の副社長(現任)、副CEO(現任)に就任。ギャラハー社買収と統合を指揮。2007年 JT Internationalの最高財務責任者も兼任、現在に至る。







