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会社の履歴書【2】パナソニック

沈むぞ!松下 -ソニーに逆転を許した松下の危機 2

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2009年5月12日(火)

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 バブル崩壊後、日本企業は好むと好まざるとにかかわらず、大きな「変革」を余儀なくされた。金融部門の痛みは、日本企業の成長を支えた間接金融の縮小、株式の持ち合いの解消を迫り、急速に進展したグローバル化は終身雇用、年功序列の終焉をもたらした。その中で問われたのは企業の変革能力である。劇的に変化する外部環境にどう対応し、組織をどう変えていくのか。それに成功した企業もあれば、依然として対応し切れない企業もある。企業が「失われた15年」をどう生きたのか。1991年以降、「日経ビジネス」で取り上げた日本の代表的な企業の記事を「会社の履歴書」として取り上げる。
(文中の肩書き、名称などは掲載当時のままです)

パナソニック(旧松下電器産業)

 米ハリウッドの映画・娯楽会社MCMの買収――。パナソニック(旧松下電器産業)の1990年代は、エレクトロニクスというハードだけの会社からソフトまでを囲い込もうとする大きな路線転換から始まった。創業者の松下幸之助氏の死去以降、脱創業家を進めてきた当時の経営陣にとって、この路線転換は幸之助氏の路線からの決別でもあった。

 だが、その新路線はあえなく潰える。映画会社との企業風土の違いを乗り越えられず、その後のゲーム機開発も失敗。以降のパナソニックはまた、長い低迷の時期を迎えた。

 だが今、パナソニックは息を吹き返した。中村邦夫前社長の改革が奏功し、社内は活性化。中村改革はパナソニックへの社名変更で完結した。新生パナソニック誕生までの軌跡を振り返る。

* * *

2001年5月28日号より

「目の前まで破綻の危機が迫っているにもかかわらず、当事者が状況を理解していない」。松下電器産業が直面する問題は、この国全体を覆う不感症の病と同一だ。2002年3月期は売上高までソニーに追い抜かれる見通しだが、危機感は乏しい。伝説と化した成功体験を捨てることの難しさに加え、底力を発揮できないもどかしさ。改革に進み始めた松下は「変われない」日本の象徴なのか。

=文中敬称略(多田 和市、寺山 正一、三河 正久、川上 慎市郎)

ソニーに敗れた暗黒の10年
ヒット不在と収益悪化、事業部が足かせに

 20世紀型ビジネスでは、間違いなく勝ち組に入る松下電器産業。創業者、松下幸之助が唱えた「水道哲学」に代表される大量生産・大量販売を武器に、高度成長とともに業容を拡大し、日本が世界に誇るエレクトロニクス産業をリードする企業だった。ところが1990年代に入って一転、成長の壁にぶち当たる。赤字には転落していないものの、じわじわと収益を落とし、今やジリ貧状態に陥っている。

 いまだに「無借金」の安定した財務、優秀な技術陣、モノ作りに誇りを持つ生産現場、白物家電における「ナショナルブランド」の高い信頼感…。豊富な経営資源で知られた優良企業、松下に何が起こっているのか。

 松下のある幹部はこぼす。

 「この10年、(白物家電を除くと)ヒット商品がほとんど出ていないし、会社全体を盛り上げる新事業も生まれていない。失われた10年と言われても仕方ないだろう」

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