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episode:4
「もう一度いっしょにやらんか。大日本鉄鋼を助けて欲しいんだ」

  • 阿川 大樹

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2009年5月14日(木)

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 売ったのは製品じゃなくて会社だった。

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 ショックレーが接合型トランジスタを発明して4年後の1952年、テキサス・インスツルメンツ(TI)とモトローラが相次いで半導体ビジネスを始めた。1957年に市場は初めて1億ドルになり、半導体の時代が一気に幕を開けた。それは単なる電子機器の普及に留まらず、爆発的な社会変革の起爆剤になった。

 技術が、製品が、こんなにも社会を変えるのか。

 旭山は製鉄会社にいながら目を見張っていた。

 それまで「産業の米」といわれていた鉄は重厚長大といわれ、半導体に花形の座を明け渡していた。鉄は依然として大きな産業でありつづけていたが、これからは半導体の時代、コンピュータの時代といわれ、社会から鉄は古い産業だと烙印を押された。

 NECはいつのまにか老舗TIを抜き、売上で世界一の半導体メーカーになった。向かうところ敵なし。日本の電子産業は我が世の春を謳歌した。

 NHKは「電子立国 日本の自叙伝」を放送し日本の力を讃えた。

 初めノウハウの塊だった半導体産業も80年代には、そろそろ設備産業になっていた。もっとも優れた新型の製造設備を正しく選択し、いち早く買い込んで最新鋭の工場を建てた者が市場を席巻する。しいていうなら、どこのどの装置を買うかということがノウハウと直結していた。

「うちもいまなら半導体生産ができるかもしれません」

 旭山は上司だった松宮に冗談半分で提言した。

「じゃあとりあえず500億円用意するからやってみろ」

 松宮がこともなげにいった。その額なら研究開発費の範囲だというのだ。

 旭山は後に引けなくなった。いや、内心、楽しんでいた。

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