• ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版
  • 日経BP

会社の履歴書【2】パナソニック

沈むぞ!松下 -ソニーに逆転を許した松下の危機 3

  • 日経ビジネス

バックナンバー

2009年5月13日(水)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 バブル崩壊後、日本企業は好むと好まざるとにかかわらず、大きな「変革」を余儀なくされた。金融部門の痛みは、日本企業の成長を支えた間接金融の縮小、株式の持ち合いの解消を迫り、急速に進展したグローバル化は終身雇用、年功序列の終焉をもたらした。その中で問われたのは企業の変革能力である。劇的に変化する外部環境にどう対応し、組織をどう変えていくのか。それに成功した企業もあれば、依然として対応し切れない企業もある。企業が「失われた15年」をどう生きたのか。1991年以降、「日経ビジネス」で取り上げた日本の代表的な企業の記事を「会社の履歴書」として取り上げる。
(文中の肩書き、名称などは掲載当時のままです)

パナソニック(旧松下電器産業)

 米ハリウッドの映画・娯楽会社MCMの買収――。パナソニック(旧松下電器産業)の1990年代は、エレクトロニクスというハードだけの会社からソフトまでを囲い込もうとする大きな路線転換から始まった。創業者の松下幸之助氏の死去以降、脱創業家を進めてきた当時の経営陣にとって、この路線転換は幸之助氏の路線からの決別でもあった。

 だが、その新路線はあえなく潰える。映画会社との企業風土の違いを乗り越えられず、その後のゲーム機開発も失敗。以降のパナソニックはまた、長い低迷の時期を迎えた。

 だが今、パナソニックは息を吹き返した。中村邦夫前社長の改革が奏功し、社内は活性化。中村改革はパナソニックへの社名変更で完結した。新生パナソニック誕生までの軌跡を振り返る。

* * *

2001年5月28日号より

「目の前まで破綻の危機が迫っているにもかかわらず、当事者が状況を理解していない」。松下電器産業が直面する問題は、この国全体を覆う不感症の病と同一だ。2002年3月期は売上高までソニーに追い抜かれる見通しだが、危機感は乏しい。伝説と化した成功体験を捨てることの難しさに加え、底力を発揮できないもどかしさ。改革に進み始めた松下は「変われない」日本の象徴なのか。

=文中敬称略(多田 和市、寺山 正一、三河 正久、川上 慎市郎)

負けない松下から勝つ松下へ
系列店は客でなくパートナー、商品企画は脱事業部で

 「そんな考えで店の収益が良くなると思ってるんですか。やる気がないなら帰りなさい」

 「店に黙って座っていてお客さんが来るとでも? 相当な能天気だな」

 1999年末、西武新宿線の野方駅近くに本店を構える光明電機(東京・中野区)の高野亨専務は、参加した研修会でこんな叱咤を受けていた。

 光明電機は松下電器産業の商品を中心に扱う地域系列店。従業員数は高野専務の父親である社長を含めて8人、当時の年商は2億円弱で、松下系列店の中では中規模クラスの部類に入る。

 過去の研修会は、参加すればお土産がもらえる楽しい集まりだった。「何で怒られなきゃならないんだ」。高野氏の心にはそんな思いが浮かんだが、じっと我慢した。「新しい研修だと聞いたからこそ参加したんだ。何か新しいことをしないと、どのみちジリ貧だ。とりあえず学んだことはやってみよう。成果が出なかったら、その時は文句を言ってやる」――。

「日経ビジネスが描いた日本経済の40年」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

日本の経営者は、経験を積んだ事業なら 失敗しないと思い込む傾向がある。

三品 和広 神戸大学教授