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会社の履歴書【2】パナソニック

沈むぞ!松下 -ソニーに逆転を許した松下の危機 4

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2009年5月14日(木)

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 バブル崩壊後、日本企業は好むと好まざるとにかかわらず、大きな「変革」を余儀なくされた。金融部門の痛みは、日本企業の成長を支えた間接金融の縮小、株式の持ち合いの解消を迫り、急速に進展したグローバル化は終身雇用、年功序列の終焉をもたらした。その中で問われたのは企業の変革能力である。劇的に変化する外部環境にどう対応し、組織をどう変えていくのか。それに成功した企業もあれば、依然として対応し切れない企業もある。企業が「失われた15年」をどう生きたのか。1991年以降、「日経ビジネス」で取り上げた日本の代表的な企業の記事を「会社の履歴書」として取り上げる。
(文中の肩書き、名称などは掲載当時のままです)

パナソニック(旧松下電器産業)

 米ハリウッドの映画・娯楽会社MCMの買収――。パナソニック(旧松下電器産業)の1990年代は、エレクトロニクスというハードだけの会社からソフトまでを囲い込もうとする大きな路線転換から始まった。創業者の松下幸之助氏の死去以降、脱創業家を進めてきた当時の経営陣にとって、この路線転換は幸之助氏の路線からの決別でもあった。

 だが、その新路線はあえなく潰える。映画会社との企業風土の違いを乗り越えられず、その後のゲーム機開発も失敗。以降のパナソニックはまた、長い低迷の時期を迎えた。

 だが今、パナソニックは息を吹き返した。中村邦夫前社長の改革が奏功し、社内は活性化。中村改革はパナソニックへの社名変更で完結した。新生パナソニック誕生までの軌跡を振り返る。

* * *

2001年5月28日号より

「目の前まで破綻の危機が迫っているにもかかわらず、当事者が状況を理解していない」。松下電器産業が直面する問題は、この国全体を覆う不感症の病と同一だ。2002年3月期は売上高までソニーに追い抜かれる見通しだが、危機感は乏しい。伝説と化した成功体験を捨てることの難しさに加え、底力を発揮できないもどかしさ。改革に進み始めた松下は「変われない」日本の象徴なのか。

=文中敬称略(多田 和市、寺山 正一、三河 正久、川上 慎市郎)

打ち出の小槌ブラックボックス
分解しても理解不能、追随許さぬ技術で生き残る

2600円溶剤が120万円延べ棒に

 ここに、どこにでもある小さな薬ビンに入った透明な溶剤がある。1kg当たりの単価2600円というその溶剤が、アポロ計画の月面着陸船にも似た直径1m強のドラムの中を1周数秒かけて回転し、出てきた時には1kg当たり120万円という金より2割も高い虹色の延べ棒に生まれ変わる。

 それが松江松下電器(島根県)が誇る「現代の錬金術」にほかならない。中村邦夫社長が繰り返し強調する「ブラックボックスのモノ作り」。要するに、生産のプロセスを何回聞いても分からない魔法の設備を通過するうちに、ありふれた材料が高価な商品に生まれ変わる。種も仕掛けもある科学的な錬金術こそ、松下電器産業が目指すブラックボックスなのだ。

 その虹色の延べ棒は、実は携帯電話やパソコンなどエレクトロニクス機器に欠かせないコンデンサーの塊である。

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日本の経営者は、経験を積んだ事業なら 失敗しないと思い込む傾向がある。

三品 和広 神戸大学教授