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会社の履歴書【2】パナソニック

トップ交代 松下、危機からの生還 1

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2009年5月18日(月)

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 バブル崩壊後、日本企業は好むと好まざるとにかかわらず、大きな「変革」を余儀なくされた。金融部門の痛みは、日本企業の成長を支えた間接金融の縮小、株式の持ち合いの解消を迫り、急速に進展したグローバル化は終身雇用、年功序列の終焉をもたらした。その中で問われたのは企業の変革能力である。劇的に変化する外部環境にどう対応し、組織をどう変えていくのか。それに成功した企業もあれば、依然として対応し切れない企業もある。企業が「失われた15年」をどう生きたのか。1991年以降、「日経ビジネス」で取り上げた日本の代表的な企業の記事を「会社の履歴書」として取り上げる。
(文中の肩書き、名称などは掲載当時のままです)

パナソニック(旧松下電器産業)

 米ハリウッドの映画・娯楽会社MCMの買収――。パナソニック(旧松下電器産業)の1990年代は、エレクトロニクスというハードだけの会社からソフトまでを囲い込もうとする大きな路線転換から始まった。創業者の松下幸之助氏の死去以降、脱創業家を進めてきた当時の経営陣にとって、この路線転換は幸之助氏の路線からの決別でもあった。

 だが、その新路線はあえなく潰える。映画会社との企業風土の違いを乗り越えられず、その後のゲーム機開発も失敗。以降のパナソニックはまた、長い低迷の時期を迎えた。

 だが今、パナソニックは息を吹き返した。中村邦夫前社長の改革が奏功し、社内は活性化。中村改革はパナソニックへの社名変更で完結した。新生パナソニック誕生までの軌跡を振り返る。

* * *

2006年3月6日号より

「このままでは松下が潰れる」
危機の中で中村邦夫社長は「破壊神」になった。
旧弊を破る改革は、創業者の幻影との戦いでもあった。
そして緊急手術は終わった。
カリスマは去り、「新しい松下」の創造は後継者の手に委ねられた。

=文中敬称略(副編集長 寺山 正一、編集委員 大西 康之、大竹 剛)

本誌が見た中村改革「6年の真実」

 「娘が来ているので申し訳ないですが、また別の機会にしてもらえますか。5分や10分でお話しできる内容ではありませんので…」

 2月26日、日曜日の夕方。記者が松下電器産業の次期社長に内定した大坪文雄専務の話を聞こうと自宅を訪れると、インターホン越しに丁重に断られた。23、24日と大阪、東京で社長交代の記者会見をこなし、束の間の家族団欒を楽しんでいる最中のこと。至極当然の対応だった。記者はお詫びの言葉を添えた名刺をポストに入れて立ち去った。

 その約1時間後、突然、携帯電話が鳴った。

 「先ほどはせっかく来ていただいたのに申し訳ありませんでした。娘を見送りに玄関に出てポストを覗いたら、名刺があったのでお電話しました…」

 物腰の柔らかさと人当たりの良さに驚いた。寡黙で風貌にも迫力があり、時には近寄り難ささえ感じる中村邦夫社長とは対照的だ。そこからは経営者としても正反対の2人の個性が透けて見えてくる。

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