• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

会社の履歴書【2】パナソニック

トップ交代 松下、危機からの生還 2

  • 日経ビジネス

バックナンバー

2009年5月19日(火)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 バブル崩壊後、日本企業は好むと好まざるとにかかわらず、大きな「変革」を余儀なくされた。金融部門の痛みは、日本企業の成長を支えた間接金融の縮小、株式の持ち合いの解消を迫り、急速に進展したグローバル化は終身雇用、年功序列の終焉をもたらした。その中で問われたのは企業の変革能力である。劇的に変化する外部環境にどう対応し、組織をどう変えていくのか。それに成功した企業もあれば、依然として対応し切れない企業もある。企業が「失われた15年」をどう生きたのか。1991年以降、「日経ビジネス」で取り上げた日本の代表的な企業の記事を「会社の履歴書」として取り上げる。
(文中の肩書き、名称などは掲載当時のままです)

パナソニック(旧松下電器産業)

 米ハリウッドの映画・娯楽会社MCMの買収――。パナソニック(旧松下電器産業)の1990年代は、エレクトロニクスというハードだけの会社からソフトまでを囲い込もうとする大きな路線転換から始まった。創業者の松下幸之助氏の死去以降、脱創業家を進めてきた当時の経営陣にとって、この路線転換は幸之助氏の路線からの決別でもあった。

 だが、その新路線はあえなく潰える。映画会社との企業風土の違いを乗り越えられず、その後のゲーム機開発も失敗。以降のパナソニックはまた、長い低迷の時期を迎えた。

 だが今、パナソニックは息を吹き返した。中村邦夫前社長の改革が奏功し、社内は活性化。中村改革はパナソニックへの社名変更で完結した。新生パナソニック誕生までの軌跡を振り返る。

* * *

2006年3月6日号より

「このままでは松下が潰れる」
危機の中で中村邦夫社長は「破壊神」になった。
旧弊を破る改革は、創業者の幻影との戦いでもあった。
そして緊急手術は終わった。
カリスマは去り、「新しい松下」の創造は後継者の手に委ねられた。

=文中敬称略(副編集長 寺山 正一、編集委員 大西 康之、大竹 剛)

2度の危機を乗り越えた交代劇
衆知を集めた改革者、中村社長が見極めた去り時

 ひとつ間違えたなら、「引責」の文字が見出しに躍っていても不思議ではない交代劇だった。結論を言えば、発表の翌日に当たる2月24日の朝刊で、昨年発覚した温風機事故と今回の社長交代を直接結びつけて報じた新聞は1紙も見当たらない。

 その事実こそ、中村改革の6年間が生んだ求心力を雄弁に物語る。

 死傷者を出した事故への対応に追われ、新聞や雑誌、テレビなどすべての商品広告をお詫びと告知広告に切り替えて、背水の陣で臨んだ昨年の年末商戦。中村邦夫社長自ら説く「スーパー正直」という松下電器産業の企業姿勢に偽りはない――。事故の事実は重く受け止めたうえで、消費者がこう判断した結果こそ、営業利益で前年同期比47%の増加を記録した、2005年10~12月期の予想を超える好決算だった。

コメント0

「日経ビジネスが描いた日本経済の40年」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

コメント入力

コメント(0件)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

人々が働きたいという会社になるには 「働きやすさ」と「働きがい」、この2つが必要だ。

川野 幸夫 ヤオコー会長