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会社の履歴書【2】パナソニック

トップ交代 松下、危機からの生還 3

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2009年5月20日(水)

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 バブル崩壊後、日本企業は好むと好まざるとにかかわらず、大きな「変革」を余儀なくされた。金融部門の痛みは、日本企業の成長を支えた間接金融の縮小、株式の持ち合いの解消を迫り、急速に進展したグローバル化は終身雇用、年功序列の終焉をもたらした。その中で問われたのは企業の変革能力である。劇的に変化する外部環境にどう対応し、組織をどう変えていくのか。それに成功した企業もあれば、依然として対応し切れない企業もある。企業が「失われた15年」をどう生きたのか。1991年以降、「日経ビジネス」で取り上げた日本の代表的な企業の記事を「会社の履歴書」として取り上げる。
(文中の肩書き、名称などは掲載当時のままです)

パナソニック(旧松下電器産業)

 米ハリウッドの映画・娯楽会社MCMの買収――。パナソニック(旧松下電器産業)の1990年代は、エレクトロニクスというハードだけの会社からソフトまでを囲い込もうとする大きな路線転換から始まった。創業者の松下幸之助氏の死去以降、脱創業家を進めてきた当時の経営陣にとって、この路線転換は幸之助氏の路線からの決別でもあった。

 だが、その新路線はあえなく潰える。映画会社との企業風土の違いを乗り越えられず、その後のゲーム機開発も失敗。以降のパナソニックはまた、長い低迷の時期を迎えた。

 だが今、パナソニックは息を吹き返した。中村邦夫前社長の改革が奏功し、社内は活性化。中村改革はパナソニックへの社名変更で完結した。新生パナソニック誕生までの軌跡を振り返る。

* * *

2006年3月6日号より

「このままでは松下が潰れる」
危機の中で中村邦夫社長は「破壊神」になった。
旧弊を破る改革は、創業者の幻影との戦いでもあった。
そして緊急手術は終わった。
カリスマは去り、「新しい松下」の創造は後継者の手に委ねられた。

=文中敬称略(副編集長 寺山 正一、編集委員 大西 康之、大竹 剛)

松下、創業家の幻影断つ
電機の歴史が動いた3日間

 松下電器産業が社長交代を発表した23日の翌日、三洋電機の臨時株主総会では井植敏代表取締役の辞任が報告された。前日の22日にはソニーが顧問制度を廃止し、大賀典雄名誉会長が相談役に退く人事を決めた。

 松下の松下幸之助氏、ソニーの井深大氏と盛田昭夫氏、三洋電機の井植歳男氏。3社はいずれも偉大な創業者を持つ。過去または現在において創業者の血を引く創業家が経営に関与してきたところも同じだ。

松下、ソニー、三洋の違い

 3社は2000年以降、程度の差はあるものの、いずれも経営危機を迎えた。いち早く危機から生還したのは松下。危機から脱出しようともがいているのがソニー。今まさに危機の真っ只中にあるのが三洋電機である。

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