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会社の履歴書【2】パナソニック

松下、完遂した革命 「幸之助神話」を乗り越え、世界へ

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2009年5月21日(木)

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 バブル崩壊後、日本企業は好むと好まざるとにかかわらず、大きな「変革」を余儀なくされた。金融部門の痛みは、日本企業の成長を支えた間接金融の縮小、株式の持ち合いの解消を迫り、急速に進展したグローバル化は終身雇用、年功序列の終焉をもたらした。その中で問われたのは企業の変革能力である。劇的に変化する外部環境にどう対応し、組織をどう変えていくのか。それに成功した企業もあれば、依然として対応し切れない企業もある。企業が「失われた15年」をどう生きたのか。1991年以降、「日経ビジネス」で取り上げた日本の代表的な企業の記事を「会社の履歴書」として取り上げる。
(文中の肩書き、名称などは掲載当時のままです)

パナソニック(旧松下電器産業)

 米ハリウッドの映画・娯楽会社MCMの買収――。パナソニック(旧松下電器産業)の1990年代は、エレクトロニクスというハードだけの会社からソフトまでを囲い込もうとする大きな路線転換から始まった。創業者の松下幸之助氏の死去以降、脱創業家を進めてきた当時の経営陣にとって、この路線転換は幸之助氏の路線からの決別でもあった。

 だが、その新路線はあえなく潰える。映画会社との企業風土の違いを乗り越えられず、その後のゲーム機開発も失敗。以降のパナソニックはまた、長い低迷の時期を迎えた。

 だが今、パナソニックは息を吹き返した。中村邦夫前社長の改革が奏功し、社内は活性化。中村改革はパナソニックへの社名変更で完結した。新生パナソニック誕生までの軌跡を振り返る。

* * *

2008年1月21日号より

松下電器産業の「革命」は完遂した。
「パナソニック」へ社名変更し、経営の神様と呼ばれた松下幸之助創業者に由来する「松下」の冠を外す。
それは単なるブランド戦略ではない。
世界30万人の従業員が「何のために頑張るか」という、会社の根源的なあり方を問い直す大きな挑戦である。
「創業家」に代わる求心力とは、いったい何か。

=文中敬称略(編集委員 大西 康之、大竹 剛)

 「グローバルエクセレンスへの挑戦権を得るための決断です。松下、ナショナルという名前を手放すのは確かに大きな決断だが、今はノスタルジーに浸るより、発展につながる可能性に力を結集したい」

 2008年1月10日の経営方針説明会で「パナソニック」への社名変更と、「ナショナル」ブランドの廃止を発表した松下電器産業社長の大坪文雄は、頬を紅潮させて熱弁を振るった。社長就任以来、最も感情のこもったスピーチだった。

 「ノスタルジーを捨てて世界に打って出る」という大坪の言葉は、「松下」の名をこよなく愛する何万人もの松下グループの社員やOB、今なお創業者の松下幸之助を「経営の神様」と神聖視する系列販売店の店主たち、そして何より、神様の血を引く松下家へのメッセージでもあった。

「創業者も喜んでくれる」

 その夜、大坪からメッセージを受け取った「神様の孫」は兵庫県西宮市の自宅で数人の記者に囲まれていた。松下電器副会長の松下正幸は、いつもと変わらぬ表情で静かに語り始めた。

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