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会社の履歴書【2】パナソニック

パナソニックの野望 「暮らし独占」、世界を変える 3

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2009年5月26日(火)

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 バブル崩壊後、日本企業は好むと好まざるとにかかわらず、大きな「変革」を余儀なくされた。金融部門の痛みは、日本企業の成長を支えた間接金融の縮小、株式の持ち合いの解消を迫り、急速に進展したグローバル化は終身雇用、年功序列の終焉をもたらした。その中で問われたのは企業の変革能力である。劇的に変化する外部環境にどう対応し、組織をどう変えていくのか。それに成功した企業もあれば、依然として対応し切れない企業もある。企業が「失われた15年」をどう生きたのか。1991年以降、「日経ビジネス」で取り上げた日本の代表的な企業の記事を「会社の履歴書」として取り上げる。
(文中の肩書き、名称などは掲載当時のままです)

パナソニック(旧松下電器産業)

 米ハリウッドの映画・娯楽会社MCMの買収――。パナソニック(旧松下電器産業)の1990年代は、エレクトロニクスというハードだけの会社からソフトまでを囲い込もうとする大きな路線転換から始まった。創業者の松下幸之助氏の死去以降、脱創業家を進めてきた当時の経営陣にとって、この路線転換は幸之助氏の路線からの決別でもあった。

 だが、その新路線はあえなく潰える。映画会社との企業風土の違いを乗り越えられず、その後のゲーム機開発も失敗。以降のパナソニックはまた、長い低迷の時期を迎えた。

 だが今、パナソニックは息を吹き返した。中村邦夫前社長の改革が奏功し、社内は活性化。中村改革はパナソニックへの社名変更で完結した。新生パナソニック誕生までの軌跡を振り返る。

* * *

2008年9月15日号より

10月1日、松下電器産業が消える。系列販売店の屋号からは、「ナショナル」の文字がなくなる。
電球や冷蔵庫、洗濯機、エアコンなど家庭のあらゆる製品が「パナソニック」ブランドに切り替わる。しかし、松下の意識は、国内よりも、ブランド統一が終わったはずの海外に向いている。

=文中敬称略(戸田 顕司、鷺森 弘、小笠原 啓)

新興国編
単機能を磨いた現地仕様

 ナショナルとパナソニックの区別をなくすと、こうなります――。あたかも松下電器産業の未来を暗示するかのような光景が、そこにはあった。

 時折、激しい夕立が降る8月中旬のベトナム・ホーチミン。最大の家電量販店グウェン・キム(下写真)を訪ねると、1~4階までの売り場すべてを松下が“制覇”していた。最も目立つ場所でパナソニック製品が販売されていた。

 グウェン・キムは毎年、売り上げが落ち込む夏の終わりに、メーカーを巻き込んだ販促キャンペーンを仕掛ける。その際に、毎週、“目玉メーカー”を用意する。

 この時、グウェン・キムは最も集客力が高いメーカーから順にキャンペーンを実施する。今年、1番手となったのが松下だった。ベトナムでのシェアを見ると、デジタル家電では韓国サムスン電子やソニーに、白物では三洋電機や東芝の後塵を拝している。それでも松下が選ばれたのは、デジタル家電と白物の両方を持つからだ。

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